通訳捜査官の光と影を描く「叛徒」

「闇に香る嘘」で江戸川乱歩賞を受賞した
下村敦史さんの「叛徒」を読みました。

何度も乱歩賞にトライし、9回目で受賞された下村さん。
ミステリーのネタはかなり豊富だと思いますが、
この作品の主人公は通訳捜査官。

外国人犯罪者が年々増加の一歩を辿る日本の警察で
いまやなくてはならぬ存在。
でも一般的にはあまり知られていない。

通訳捜査官の苦悩が描かれています。

新宿署に勤務する、通訳捜査官・七崎隆一は、通訳捜査官として
尊敬していた義父の不正を告発したため、警察内部では身内を売ったと
蔑まれ孤立した状態にあった。
そのことで、妻との間には大きな溝ができ、大好きな祖父を失った
悲しみから引きこもってしまった息子は、最近悪い友だちと
付き合い始め、夜になるとどこかへ出掛ける毎日だ。

七崎はそんな状態でも、義父から言われたことを守り
仕事に邁進していた。

そんな時、新宿署に男の他殺体が見つかったと通報が入った。
第一発見者は中国人?。そこで七崎が通訳に入った。

話を聞いてゆくと他殺体の発見場所から中学生か高校生くらいの
男が飛び出してきたらしい。
その男の服装は龍のイラストが入ったブルーのジャンパーだったという。

七崎が帰宅したとき息子は帰っていなかった。
心配になり、息子の部屋へ入るとベッドの下から血で汚れた、
龍のイラスト入りのジャンパーが出てきた。
なぜ息子がこのジャンパーを・・・?
ショックで倒れそうになりなりながらも、息子の
パソコンを開く。そこには仲間と息子とのチャットの
やりとりが残っていた。
そこから浮かんできたのは、「中国人狩り」。
息子は仲間たちと中国人を見つけては暴力を振るっていたのだ。
そうであれば、息子は殺人を犯して逃げている可能性がある・・・・。
なんとしてでも息子を守らなければ・・・。
警察官の正義をかなぐりすて、七崎は決心する。

不正を行った父を告発したのに、自分は息子のために
取調官に嘘の通訳をする・・・。あれほど不正を憎んでいたのに・・・。
一体何だったのか?

通訳捜査官の仕事と、警察の正義と我が子を助けること、
そのはざまで揺れ続ける七崎の苦悩が臨場感たっぷりに
描かれている。
また、現在の日本が抱える問題も非常に深いところまで
斬り込んである。

重厚な社会問題をあえてテーマに取り上げる著者の真摯な姿勢には
いつも驚かされる。

『叛徒』
著者:下村敦史
出版社:講談社
価格:¥1,728、文庫版:¥842(いずれも税別)