厚労省の役人が探偵役!?「堕天使の秤」。

「変若水(をちみず)」でばらのまち福山ミステリー文学新人賞優秀賞を
受賞され、作家デビューされた吉田恭教さん。
受賞作が大変面白かったので、他の作品も読んでみました。
「堕天使の秤」(光文社)です。

「変若水」で初登場した、厚労省の疾病対策課、向井俊介が再登場。
「堕天使の秤」では、前回の奇妙な事件の解決をした事が認められて、
年金局調査室に異動になった。年金局調査室は、今問題になっている
年金不正受給の調査でとんでもなく忙しい所だ。
サボる事ばかり考えている向井にとっては、地獄・・・?

向井は、一人の男性の年金不正受給を調査していた。
80代の男性からの通報で、友人の生死がわからず、
友人の息子に聞くと、はぐらかされてばかりいる。
もしかして、友人はすでに亡くなり、息子は父親の
年金を不正に受給しているのではないかとのことだった。
向井は早速調査を開始したが、息子の方はすでに
転出したあとだった。
行方を探るため、息子の健康保険証の
使用状況を調査すると、意外なことが判明する。
父子ともに肝臓に重大な疾病を抱えていた。

そんな時、事件は起きる。

環八で玉突き事故が発生。
事故に巻き込まれたある車に問題があった。
ナンバープレートは偽造、しかも外交官ナンバー。
さらに製造番号まで削りとられ、4人の男女が乗っていたが、
助かったのは男性一人だけ。
病院に運ばれ手術中だが重体だ。
乗車していた二人の男女は、自白剤にも使われる睡眠導入剤を飲まされていた。

警視庁捜査一課の南雲刑事は、拉致監禁事件を疑う。
南雲は事故の調査のため、茂木と行動を共にしていた。
茂木には、重い心臓病を抱える幼い娘がいた。
心臓移植をしないと助かる見込みは無く現在ドナー待ち。
しかし、猶予期間はとうに超えており、埋め込み式の
補助装置を使うかどうか悩んでいる最中だった。

やがて、向井が調査している年金不正受給事件は、
南雲刑事たちが捜査している事故に繋がってゆく・・・。

南雲の祖父は元警官で、過去にある秘密を抱えたまま亡くなった。
その事件も妙な因果で今回の事件に絡んでくる。

仕事はまったくやる気が起こらず、厚労省ではお荷物の
向井は、なぜか鋭い洞察力を持ち、大きな事件を引き当ててしまう。
今回も南雲に刑事に向いている、といわれるくらい鼻が効くのだ。

この作品の面白いところは、向井が調べる年金不正受給事件と、
南雲刑事たちが調査する不可解な事故からやがてふたつの
事件が交差し、大きな事件へと繋がり、現代日本の医療の
歪みをも浮き彫りにしてしまう。
そして、そこへ辿り着くまで、何度も紆余曲折を経る。
暴かれた真実はどこまでも切なく、苦しく、悲しい。
何が善で何が悪なのか?どうしようもない矛盾にどう向き合っていいのか?
読者もわからなくなってしまう。

ただ、向井のユーモラスなキャラが重いテーマを少し軽くしてくれている。
読みだしたら止まらいです。社会派警察ミステリー。

『堕天使の秤』
著者:吉田恭教
出版社:光文社
価格:¥1,900(税別)