渋くて重厚な警察ドラマ「夜の署長」

「撃てない警官」シリーズの著者・安東能明さんの
文庫新刊『夜の署長』を読みました。

日本最大のマンモス署・新宿署に配属された
新米警部補の眼を通して描かれる、新宿で起きる事件、
人、そこで繰り広げられる生生しいドラマ・・・。

この春東大法学部を卒業した野上賢次は、キャリアとしての
スタートでいきなりの新米警部補だ。
卒業に5年もかかったため、「ダイゴ」とあだ名されている。
そんな彼は、夜間の犯罪発生率が日本一の危険な街・新宿の
マンモス警察署・新宿署に配属された。

そしてそこには、ある理由から、10年間新宿署に勤務する
「夜の署長」の異名を持つ、刑事課強行犯第5係統括係長の
ベテラン警部補・下妻晃がいた。
下妻は強面だが、ものごしは柔らかい。異動の多い上層部からも
頼りにされていた。

新宿では様々な事件が起きる。ホストによる女性客拉致事件。
話を聞いてみると、人気のホストに入れあげた人妻が、店の
払いをツケでするようになり、それが焦げ付いた。回収する
ために仲間のホストと女性を拉致したのだ。こげついた
金額は50万円だった。それを聞いた下妻は単純にそれだけで
ないと感じた・・・。

また、ビルの外壁が落下し年配の男性の頭を直撃。
それがもとで男性が亡くなると言う事件が起きた。
野上は単純な事故とみたが、下妻は男性の頭部に
気になる傷を発見する。

ある社会福祉法人の理事長が駅で転落し亡くなるという事件が
起きた。下妻と野上が聞き込んだところ、理事長が
横領していることが発覚。ちかく監査が入る予定だった
らしく、横領の発覚を恐れ覚悟の自殺ではないかと推察された。
しかし理事長の行動に不可解な部分が出てきた。
下妻たちは裏に何かある!と判断しさらに捜査をすすめる。

新宿駅のロッカーで爆発事故が起きた。
警視庁本部、さらに公安部までが駆けつけ、
周囲の警戒と聞き込みを行った・・・。
爆破事件の裏には何があるのか?
また、下妻にとって因縁めいた要素があった。

4つの短編は、事故死や行き過ぎたツケの回収の末の
拉致事件・・・などすぐにでも解決しそうな事件ばかりだが、
下妻の丁寧な捜査により、人間のドラマに行きつく。
そして、そこから単純な事件の裏に隠された凶悪な事件を暴いてゆくのだ。

キャリアだが警察社会ではずぶの素人の野上警部補は、
刑事として真摯に事件に向き合う下妻の姿に、次第に
下妻を尊敬するようになる。
本格的な警察小説であり、ミステリーとしては
充分に練られ、じっくり謎解きを堪能できる作品。
また、新米刑事の成長の物語でもある。

『夜の署長』
著者:安東能明
出版社:文藝春秋(文庫)
価格:¥640(税別)