研ぎ澄まされた短編ミステリー『汚れた手をそこで拭かない』

芦沢央さんの『許されようとは思いません』
(新潮社)は、短編ミステリーの
極致だと思っていた。
ところが、本作『汚れた手をそこで拭かない』
(文藝春秋)は、それ以上の衝撃を受けた。

金に執着し続けた顧客の事故死。
記憶の底に封印していた事件について
夫が病床の妻に告白する。
「ただ、運が悪かっただけ」。

夏休み、当番中の教師がうっかり
プールの水を抜いてしまった!
発覚すれば責任問題だ。
苦悶する教師が打った手とは?
「埋め合わせ」

軽度の認知症の妻が、間違いで
配達された隣家の電気代の
督促状を渡し忘れている内に
悲劇が起こってしまった!
しかし、意外な真実が!
「忘却」

魂込めて作った映画、何としてでも
ヒットさせたい。しかし主演俳優の
スキャンダルが発覚!
監督がとった行動は!?
「お蔵入り」

料理研究家として本を出版した女性。
そのサイン会に元カレが現れた。
最悪の別れ方で後悔の日々。
そんな元彼に頼まれ、ついお金を
貸してしまったが・・・。
「ミモザ」

登場人物たちはどこにでもいる普通の人たちだ。
しかし、メンタルが弱かったり、どこか
隙があったりして他人に利用されてしまう。
そんな普通の人たちが犯した些細な過失は、
彼らの判断ミス、あるいは愚かな嘘によって
思いもよらない方向に進んでいってしまう。

やがてそれは自らの首を絞めることになり、
さらなる奈落の底へと突き落とされることになる。
じわじわと忍び寄る恐怖を、類まれな心理描写で
描き切った、究極の短編ミステリーだ。

読み終わった時、タイトルの意味が
ストンと落ちた。
自分を守るために汚れてしまった手は
どんなに拭いても落ちない。
それはどんどん広がってゆく、最悪の方向へ。

私たちもいつ堕ちてしまうかわからない・・・・。

『汚れた手をそこで拭かない』
著者:芦沢央
出版社:文藝春秋
価格:¥1,500(税別)