著者の11年ぶりの新作はゴースト・ストーリー「踏切の幽霊」

高野和明さんの「ジェノサイド」から11年ぶりの新刊
「踏切の幽霊」(文藝春秋)読了。

タイトルから推測するとホラー小説かなと
思って読み始めたが、ちょっと違う。
じわじわと鳥肌が立つシーンもあったが、
読んでいてずっと切なかった。

1994年、東京・下北沢。
新宿~小田原を結ぶ私鉄沿線のとある踏切で、
緊急停止するという事件が頻繁に起こっていた。

ある日、女性誌の記者・松田は編集長から心霊ネタの
取材を命じられた。
踏切の上に立つ女性の写真が心霊写真ではないかと
思われ、写真とさらに映像が別々の読者から編集部に
送られてきた。
どちらも合成ではないかと疑った。

松田は、幽霊などいないと思っていた。
幽霊がいるのだったら、亡くなった妻が
自分の前に会いにきてくれると思うからだ。
でもそんなことはない。

しかし、カメラマンの吉村はどちらも手を
加えた形跡はないと言った。

松田は、映像と写真を送ってきた読者たち
から取材を始めた。

そして、その踏切をカメラマンと調査。
その時、松田は踏切の上に女性の姿を見つける
あわてて踏切内に入ろうとしたがカメラマンに止められる。
カメラマンは女性の姿など見ていないと言った。
一体どういうことなのか・・・?

それから、松田のまわりで奇妙なことが起こり始める。
松田は、新聞記者時代に懇意にしていた警察官に
踏切で女性が亡くなっていないか調べて欲しいと
依頼。すると、1年前にその踏切で女性が殺された
事件があったと判明。
殺された女性の顔は、踏切で撮られた女性と瓜二つだった。
しかし、最後まで彼女の身元はわからなかったらしい。

松田は彼女の身元を調べ、何が起こっていたのかを
明らかにするため動き出す。

警察が必死になって調べても辿り着く
ことのできなかった女性の身元。
そして、なぜ殺されなければならなかったのか?
その謎を追うミステリーと、何かを訴えようと
松田の前に現れるゴーストの物語。

ひたひたと迫る怪異に、衝撃的な怖さはない。
ただただ、静寂の中から悲しい叫びが聞こえて
くるようなそんな怪異だ。
そのシーンを思い描くことによって、じわじわと
恐ろしさが感じられる。

無念を抱えながら死んでいった女性の想いを、
畏れず、抗わず、そのまま受け入れ、彼女の
真の望みを汲み取って安らかな眠りに導いた
松田。

亡くなった妻への想いを抱きつつ女性の
取材を重ねる松田。
その緻密な心理描写に心を打たれる。

「幽霊」というキーワードが入っている
物語でありながら、読後は怖さよりも
切なさや哀しみがあふれる物語。

ずっと余韻が残る「幽霊譚」だ。

『踏切の幽霊』
著者:高野和明
出版社:文藝春秋
価格:¥1870(本体¥1700+税)

大切なものを守る!凄腕の殺し屋の闘いを描く「アイアン・ハウス」

ジョン・ハート「アイアン・ハウス 上下」
(ハヤカワ文庫)読了。

凄腕の殺し屋・マイケル。そんな経歴を持つ
男が平凡な幸せを掴むことが出来るのか?
心の震わす、男の闘いが描かれる。

親に捨てられたマイケルと弟のジュリアン。
彼らは孤児院に預けられた。
二人にとってそこは地獄のような場所だった。
兄・マイケルは強靭なメンタルで生き抜いて
いたが、弟のジュリアンは小さくて弱気だ。
そのため、悪ガキたちに目をつけられ虐め抜かれ
精神を病んでしまった。
そんなジュリアンは孤児院でとんでもない事件を
起こす。マイケルはジュリアンの事件を
隠蔽し脱走。ジュリアンは上院議員夫妻に
引き取られた。

その後、マイケルは凄腕の殺し屋になっていた。
ボスに忠誠を誓っていたが、美しい恋人・
エレナの妊娠を知り、組織を抜けたいと
ボスに訴えた。瀕死のボスはマイケルの
幸せを考慮し、組織を抜けることを承諾する。
ところがボスの息子と手下のジミーはそれに反対。
マイケルは組織から追われることになる。

マイケルの経歴を知らなかったエレナは、その事態に
衝撃を受け、マイケルとの関係に心が揺れる。

組織からの逃亡を続ける中、ジミーらは
エレナとジュリアンをもターゲットに!

マイケルはエレナとともに上院議員の
邸宅へと向かう。
上院議員夫人のアビゲイルが彼らを匿うと言った。
ジュリアンは作家となり成功を収めていた。
しかし、ジュリアンは何かに怯え、マイケルと
会ったときは彼のことさえ認識できないでいた。

そして、邸宅で無惨な死体が見つかる。
その死体は孤児院でジュリアンを虐めていた
連中の一人だった。
まさか、弟が犯人なのか・・・・!?

恋人・エレナ、大切な弟ジュリアン。
そして弟を本当の息子のように愛する
上院議員夫人・アビゲイル。
マイケルは彼らのため、そして殺人容疑を
かけられたジュリアンとアビゲイルを救うため、
死地へと向かう。

冒頭から凄まじいアクションシーンの連続と
怒涛の幕開け。
ハードボイルド的展開、殺人事件の謎を追う
ミステリー、そして家族、恋人を想う
「愛」の物語でもある。

ハートを射抜かれること間違いなしの
最高に面白い海外傑作ミステリー。

『アイアン・ハウス 上下 』
著者:ジョン・ハート/東野さやか訳
出版社:早川書房
価格:上下¥935(本体¥850+税)

驚天動地の衝撃作!「方舟」

「週刊文春ミステリーベスト102022」国内編1位。
 MRC大賞2022 第1位にランクイン
さらに本屋大賞ノミネート。
2022年のミステリー界を席捲した衝撃作。
SNS上ではネタバレ厳禁のコメントも多数。
ほんとに面白かった!

大学時代の友人たち、そして従兄と一緒に
興味本位で、山奥の地下建築を探しに行った柊一。
やっと見つけた時には日も暮れてしまい、
夜の山道を歩いて別荘に戻ることもできず、
この建築物に一泊することになった。

不気味な建築物を探検するうちに、偶然3人家族に
出会う。彼らも柊一たち同様の理由で行動を
共にすることになった。

何事もなく一夜を過ごしすぐに帰れるはずだった。

ところが翌朝地震が発生し、出口の扉が岩でふさがれてしまった。
さらに、地盤に異変が生じ水が流れ込んできたのだ。
このままでいくと、いずれこの建物は水没する・・・。

山奥の地下建築内、スマホは圏外で外に連絡する手段がない。
誰もが脱出の策を必死になって探すなか、殺人が起こった。
たった一人を犠牲にすることで、残りの人間が脱出
することが出来る。
タイムリミットはおよそ一週間!?
犠牲にはその犯人がなるべきではないか・・・・。

今までにない、タイムリミット付きの
超特殊なクローズドサークルの設定。
さらに哲学的トロッコ問題も絡め、
フワイダニット&フーダニットを提示。
本格ミステリーの面白さを存分に描き、
最後の最後で大仕掛けを施した、前代未聞の
ミステリー。

『方舟』
著者:夕木春央
出版社:講談社
価格:¥1,760(本体¥1,600+税)

絶望からの再起を描く。「罪の境界」

薬丸岳さんの「罪の境界」(幻冬舎)読了。

通り魔事件に遭遇し、一瞬にして平和だった
日常を壊された女性。彼女を大切に思う人たち
の励ましで、再起してゆく過程に心が救われる。

彼氏と誕生日デートのため、渋谷で約束を
していた明香里は、彼氏にドタキャンされ、
哀しい気分で帰路につく。
ところが、突然通り魔事件に遭遇。
斧で顔を傷つけられ、全身に十七か所もの傷を負う。
彼女をかばった男性がいなければ死んでいただろう。
明香里をかばい倒れた男性の最期の言葉は
「約束は守った・・・伝えてほしい」だった。

一命はとりとめたものの、将来の希望も
何もかも消え、絶望だけが支配する日々を送る明香里。
恋人の航平は自分がその日ドタキャンしたことで
事件に巻き込まれたと思い、彼女を守ろうとする。

加害者の小野寺は、通り魔事件を起こした動機を
無期懲役になりたいからと言った。
そんな小野寺に興味を持ったライターの溝口は、
小野寺のこれまでの人生を本にまとめることを
思いつき、彼に接近する。

明香里をかばい、最期の言葉を残し亡くなった
男性は飯山と言った。
その飯山の言葉を伝えるため明香里は自ら動き出す。
誰に向けた言葉だったのか・・・?
そして、そんな明香里に航平は寄り添った・・・。

明香里は、飯山の言葉を伝える旅で、自分の人生
とこれからのことを見つめなおし、失いかけた
大切なものをとりもどす。

一方、幼い時母に捨てられた小野寺は凶行に奔った。

被害者と加害者。二つを分けたものは一体何だったのか?

法廷での明香里と小野寺の対決には息をのむ。
被害者の明香里・飯山と加害者・小野寺の間に横たわる境界。
それは、「愛」を知ったものと、それに気づけず
復讐に奔った愚者との差ではないか?

明香里が小野寺に放った言葉と、小野寺の母が
溝口に伝えたこと。
二人の言葉は強烈に胸に響く。

「罪の境界」というこのタイトルがいかに
深い意味を持つのか。
改めて考えさせられる作品だと思う。

『罪の境界』
著者:薬丸岳
出版社:幻冬舎
価格:¥1,870(本体¥1,700+税)

度肝を抜かれる展開!「爆弾」

呉勝浩さんの「爆弾」(講談社)読了。

「このミステリーがすごい2023年版」国内編1位。
「ミステリが読みたい」国内編1位。と
年末恒例のミステリーランキング2冠達成の
話題のミステリー。
それも納得のストーリー展開!凄すぎる!

中年男が居酒屋でけんかをしていたところ、
通報され警察に連行された。

「スズキタゴサク」と名乗った男。
当初は事件だと思われたが、
取り調べで妙なことを言い始めた。
「爆弾」に関する情報だ。
霊感が働くと嘯くと、10時ぴったりに
秋葉原で何か起こると予言した。

そして予言された時間ぴったりに
その場所で爆破事件が起こった。
そして男はこのあとも三度爆破事件が
続くと言った。

とにかく不気味な男で取調官の尋問を
のらりくらりとかわし、代わりに
クイズを出してくる。まるでゲームを
楽しむように取調官を試す男。
激高し、強行的に自白させようとすると
頑なに黙秘し、ダラダラと持論を展開、
そして自分のペースへと引きこむ。

事件を起こした動機も目的も引き出すことが
出来ないばかりか、爆弾の在処の手がかりは
容疑者が出題する「クイズ」のみ。
限られたヒントから、必死に答えを読み解く
捜査官たち。

そして、密室では取調官と男の駆け引きが延々と続く・・・。

スズキタゴサクは、ものすごく頭がいい奴だ。
彼の理論は自分勝手でめちゃくちゃだが、
彼の言葉に振り回される。
そして、彼を相手にした人間は自分の心に巣食う
己に対する嫌悪を煽られる。

絶対に相手にしたくない人間。
人間の心を壊し絶望の淵に追いやる
ロジックを繰り出す、人間の仮面を
かぶった恐ろしいモンスター。

そんな男を相手に、ひたすら事件解決に
奮闘する警察官たちの闘いが読み応えたっぷりに描かれる。

確かに、2022年NO.1ミステリーに間違いない!

『爆弾』
著者:呉勝浩
出版社:講談社
価格:¥1,980(本体¥1,800+税)

慟哭の社会派小説「教誨」

柚月裕子さんの「教誨」(小学館)読了。

女性死刑囚の心に迫った、社会派の犯罪小説。
幼い娘とその友達の命を奪った女性。
なぜ、そうなってしまったのか?

女児二人を殺害し、、死刑になった響子。
彼女は遺品と遺骨の受取人に遠縁の吉沢香純
母娘を指定していた。
香純は、響子の遺品を受け取り、遺骨は
響子の実家の墓におさめてもらうように
連絡をとったが、頑なに拒否される。

響子の実家の菩提寺である寺の住職に
直接会って納骨できるように説得するため、
香純は青森県へと飛んだ。

そして、響子が最期に遺した言葉
「約束は守ったよ、ほめて」という
言葉の真意を探るため、事件を知る
関係者と面会を重ねてゆく。

香純は子どもの頃一度だけ会った響子のことが
忘れられなかった。

響子を知る人たちに会い、話を聞くと
自分が抱いていた響子のイメージとの
ギャップに驚く・・・。
響子が背負っていた辛く悲しい過去を
知るごとに彼女が耐え忍んできた重荷を
香純も感じとり、深い悲しみにとらわれる。

幼女2人を殺害した稀代の悪女・・・。
マスコミで悪しざまに言われ続けた響子。
しかし、本当にそうだったのか?

閉塞的な町、町の権力者への同調圧力。
父親からの精神的虐待・・・。
母親の無関心?
響子の育った環境を鑑みると「絶望」
を植え付けられたのではないかと思ったりする。

現代社会の歪みの犠牲になってしまった
一人の女性の慟哭がリアルに描かれる。
女性死刑囚の心に寄り添った描写に
心が揺れる。
そして、犯罪に奔った「事実」とその裏に
ある「真実」は違うのだと気づかされる。

『教誨』
著者:柚月裕子
出版社:小学館
価格:¥1,760(本体¥1,600+税)

かつてない超絶トリック!「逆転美人」

今、ミステリーファンの間でかなり注目
されている、藤崎翔さんの「逆転美人」
(双葉文庫)。
気になって気になって我慢できずに読みました。

あまりにも美人に生まれついたがために、
幼いころから犯罪に巻き込まれたり、
いじめを受けたりと数々の不幸に見舞われてきた、
シングルマザーの香織(仮名)。

とうとう娘の学校の教師にまで襲われ、
その事件が大々的に報じられたのを機に
手記「逆転美人」を出版。

読み進めると、この「手記」は違和感満載。
それは著者が仕掛けた罠だった!

空前絶後の超絶トリックに唖然!
紙の本でしかできない大仕掛けに
あなたは気づくことが出来るか?

藤崎翔さんの作品は横溝正史ミステリ大賞
受賞作「神様の裏の顔」が、どんでん返しに次ぐ
どんでん返しで、とんでもなく面白かったが、
この「逆転美人」はその作品を超える
仰天トリック!その凄すぎる仕掛けに
脱帽しかない。

おススメ度NO.1のミステリー作品。

『逆転美人』
著者:藤崎翔
出版社:双葉社(文庫)
価格:¥836(本体¥760+税)