空気の読める人間しか生きられない町って…。「誰かがこの町で」

「わたし消える」で2019年第65回江戸川乱歩賞を受賞した
佐野広実さんの受賞後第1作「誰かがこの町で」を読了。

受賞後第1作は、強烈な印象が残るサスペンスミステリー。
今の日本社会の歪みを浮き彫りにした、ある意味とても
恐ろしい作品だと思う。

19年前、郊外の瀟洒な町の住宅街で起きた男児誘拐事件と、
一家失踪事件。
そのどちらも謎を抱えたまま、いまだに解明されずにいた。

弁護士事務所所長に面会に来た若い女性。実は
その所長の失踪した友人の娘だった。
なぜ自分だけが養護施設に入れられることに
なったのか?調査して欲しいとのことだった。

その女性は本当に友人の娘なのか?
そして、友人はなぜ失踪したのか?

その弁護士事務所で働く主人公・真崎が
その一家が失踪した街で調査をすることになった。

しかし、その町での調査は非協力的な住人に阻まれ、
まったく進まない。
その町の住人たちの団結力は異様だった。

町は平和で安全で住みやすい。住民皆の防犯意識が高く、
この町で事件が起きるはずがない。
事件が起きるとしたら、それは外から入ってきたものの仕業だ・・・。

新たに入ってきた住人は、この町のルールに
従わなかったらいつの間にか排除される・・・。
住人たちは、町のルールに縛られるがそれが当たり前になってゆく。
そこに疑問をはさむ余地はなくなってしまう。

真崎はその町から少し離れた場所で民宿を営む
主人からその町の異様さを詳しく聞いた。

そして、新たな事件が起こってしまう!!

真崎が調べてゆくと、19年前の信じられない
そして、恐ろしい事実が明らかになる!

異常なまでの忖度、同調圧力、自己保身が
時を超えて事件を起こす!

今、日本で起こっていることはこういうことだと
思わずにはいられない。
リアルすぎる展開に絶句する。

『誰かがこの町で』
著者:佐野広実
出版社:講談社
価格:¥1,925(本体¥1,750+税)

幻惑のアンソロジー集「惑 まどう」

「迷」に続き「惑」をテーマにした
短編小説集。
「惑」は「迷」よりさらに読者を
惑わせる短編が多くワクワクする!

子どもに絵本の良き聞かせをしていた男性。
絵本を読みながら、過去の出来事が気になりだす。
それは同僚が致命的なミスを犯した事件だった・・・。
気になりだしたことを調べてゆくと、
意外な真相にたどり着く。
「かもしれない」大崎梢

誰にも言えない悩みを抱えた僕は、杖をついて
歩く少女と出会った。その少女との
出会いが、僕の人生を変えてゆく・・・。
切ないまでの片想い。涙腺崩壊のラスト。
「砂糖壺は空っぽ」加納朋子

宇宙人からの相談事を持ち掛けられたと
言う小学3年生の男の子。中学生の僕は
心配になって一緒に行動することに・・・。
そうしたら、とんでもない事件に
巻き込まれた・・・。とんでも事件は、
甘酸っぱい恋の予感に・・・。
「惑星Xからの侵略」松尾由美

自らを名探偵と名乗る、多岐川深青の
探偵人生はある男の出現によって狂わされる。
それは、カスパロフとの契約。
多岐川はどんな事件に遭遇するのか?
名探偵としての名声が続くのか?
短いストーリーの中に謎が盛りだくさん!
「迷探偵誕生」法月綸太郎

童話や、昔話に新たな解釈を加え
変形ミステリに。「ヘンゼルとグレーテル」
「座敷童子」「マヨイガ」をベースに
不気味なサスペンスミステリに!
それぞれが独特の世界観でとても面白い!
「ヘンゼルと魔女」「赤い椀」「喫茶マヨイガ」光原百合

90歳を過ぎ、死の床にあった男の前に
死神が現れる。そして、死ぬ前に願い事を
叶えるという。男が願ったこととは・・・。
このラストは泣ける!
「最後の望み」矢崎存美

姉を慕う妹、異母妹を溺愛する姉・・・。
一見、とても微笑ましい関係に見えるが、
その関係性がいっきに崩れる衝撃展開!
思わず「うわ~ッ」と感じた。
「太陽と月が星になる」永嶋恵美

火事のニュースで夫・竜崎は早速
出かけて行った。
妻の冴子は、そのニュースの中の
ある一言が気になった。
何が気になったのか?自分でも
はっきりつかめないが、とても重要なことだ。
警察官の夫に事件のことで口出しするのは
ご法度だと思っているが・・・。
難事件解決に一役買った妻の「内助の功」
を描いた逸品!
「内助」今野敏

作家さんそれぞれの持ち味が生かされた
作品の数々に酔いしれる。

『アミの会(仮)惑 まどう』
著者:大崎梢/加納朋子/今野敏/永嶋恵美/法月綸太郎/松尾由美/光原百合/矢崎存美
出版社:実業之日本社(文庫)
価格:¥836(本体¥760+税)

著者の多彩な物語を堪能できる短編集「スモールワールズ」

初読みの作家さん。一穂ミチさんの
「スモールワールズ」読了。
著者の魅力が満載の短編集。
本屋大賞ノミネート作品。

夫婦円満を装う主婦と家庭に問題を抱えた少年
との触れあい。
「ネオンテトラ」

「秘密」を抱えて出戻ってきた、「魔王」と
異名がつく姉と弟との絆。
「魔王の帰還」

初孫の誕生に喜ぶ、母と娘。その夫。
しかし、悲劇が彼らを襲う。
「ピクニック」

兄を殺された女性とその兄を殺した加害者
の男性との手紙の交換で芽生えた絆。
「花うた」

素直に向き合うことが出来なかった父と子の
行く末は?
「愛を適量」

大切なことを言えないまま別れてしまった
先輩と後輩。
「式日」

6編の収録作品の中で特に心に残った作品。

「魔王の帰還」。女性とは思えない巨漢の
姉をもった弟。しかし姉はとても優しい
心の持ち主だった。なぜ離婚しなければ
ならないのか?そのあまりにも優しい真実に
思わず涙腺が崩壊した。

「ピクニック」。第74回日本推理作家
協会賞短編部門候補作。
祖母が面倒を見ていた中での子どもの突然死。
悲劇に襲われた家族の慟哭・・・
しかし!?その真実に背筋がさ~っと冷たく
なった。超サスペンスフルな展開に肝が冷えた。

「花うた」。被害者遺族と加害者。決して
相いれない関係の二人が手紙を交換する
ことによって心が繋がってゆく。
周りから見れば許されない関係だとしても
誰かを大切に思う心は変わらない。
それがひしひしと伝わってきた。

「愛を適量」。教師として日々やりすごすだけの
中年男性。しかし、昔別れた娘と突如
一緒に暮らすことになった。娘の秘密と
真っ向から向き合う。二人の新たな旅立ちに
明るく前向きになる気持ちをもらった。

胸が熱くなる、心に沁みるストーリーも
あれば、ゾッっとするサスペンス作品も
ある。多彩な一穂ミチワールドが堪能できる
傑作短編集。

『スモールワールズ』
著者:一穂ミチ
出版社:講談社
価格:¥1,650(本体¥1,500+税)

スリリング!脳科学捜査官VS連続爆弾魔!『脳科学捜査官 真田夏希』

鳴神響一さんの「脳科学捜査官 真田夏希」読了。

婚活を頑張っている一見普通の女性。
実は、心理学から人を分析する。その能力で
捜査に協力する女性刑事・真田夏希が主人公。
彼女のプロファイリングが犯人を炙り出す!

友人の紹介で出会った男性と
みなとみらい近くのレストランで
食事を楽しんでいた時、爆発事件が
起こった。

捜査のため、その場に臨場した刑事たちを
見てヤバイ!と思った真田夏希。
しかし、相手の男性に刑事だとバレてしまった。

神奈川県警初の心理特別捜査官として
採用された真田夏希は、連続爆破事件の
捜査に駆り出された。

SNSを使い爆破予告を繰り返す犯人に
翻弄される警察。
そんな警察をあざ笑う爆弾魔。
警察の無能ぶりはSNSを通じて拡散されてゆく。

夏希が分析した犯人像や捜査方針への
提案は、犯罪の助長となるとお偉方から
バッサリ切り捨てられた。
どうすれば・・・。と悩む夏希を救ったのは
なんと・・・・!?

犯人は、ARのようなキャッチャーゲームや
ネットゲーム、SNSなどを駆使し犯罪を
繰り返す。
そんな犯人に夏希は果敢に挑んでゆく。
そして、犯人の暴走を止めるため、心の闇に
迫り、寄り添おうと試みるが・・・。

SNSを使った犯人とのやりとりや、
犯人の計画に踊らされる警察の様子など
リアルな描写が興味深い!

ヒロイン・夏希だけでなく、脇を
固めるキャラも面白い!
鑑識の小川、警察犬・アリシア、
夏希をバックアップした曲者などなど
今後の展開にどう絡んでくるのか?

シリーズ2巻「イノセント・ブルー」に続く!

『脳科学捜査官 真田夏希』
著者:鳴神響一
出版社:KADOKAWA(文庫)
価格:¥748(本体¥680+税)

ついにあの男の正体が!?「マネーの魔術師ハッカー黒木の告白」

榎本憲男さんの「マネーの魔術師ハッカー黒木の告白」を読了。
「巡査長真行寺弘道」と「DASPA吉良大介」シリーズの
両方に謎の男として登場する、黒木またははボビー。
それぞれのシリーズを読んでいる時に度々登場するが、
一体何者かとずっと気になっていた。
とても興味深い人物像で描かれている!

熊野古道の近くを大きな荷物を
ひいて歩いていた男。
てっきり旅行者だと思い、親切心で
車に乗せた大学院生の柴田澪。

しかし、彼は旅行者ではなく、
これからここに住むと言う。
しかも、伝統工芸の津越木工房
を探していた。
頻繁に津越木工房に出入りしている澪は、
早速彼をそこへ連れて行った。
そして、びっくりするくらいの大口の
注文をした。

謎の男に興味を持った澪は、今自分が
抱えている研究課題「伝統工芸の行く末」、
それが行き詰まっていることを隠さずに話す。
そして男も澪に今まで自分がやってきた
ことを語った。

幼い頃から、コンピューターの
プログラミングに異常に詳しかったこと。
日本では認められなかったこと。
自分のプログラミングに興味を
持ったアメリカに渡ってCIAで
仕事をしたことなどなどetc・・・。
名前も黒木とかボビーとか偽名生活を
送っている。

そして、澪の伝統工芸を何とかしたいと
いう強い思いを聞いた黒木は澪にある提案をする。

金の亡者たちが創り上げた「金融資本主義」
に抗う実験・・・・。
澪はとまどいながらも、彼の実験に従うことに。

圧巻は、今の経済の成り立ちや金融資本主義について、
サブプライムローンは何故崩壊したのか?など
ニュースで知っているけれど、いったい何が
起こってたのか?ということを
黒木が澪にわかりやすく語るくだりだ。
「長い長い夜」という章で丁寧に語られる。
この章がとにかく面白い!

後半ではおなじみのメンバー、真行寺、森園、
サラン、吉良も登場し、澪と繋がっていく
過程も楽しい。

黒木の目論見は成功に繋がるのか?
「金」だけではない。もっと他にも
大切にしなければならないものがあるのではないか?

「金」だけでは本当の豊かさを得ることは
出来ない。何が人間の本当の幸せに繋がるのか?

この作品を読むとわかるかもしれない。

『マネーの魔術師 ハッカー黒木の告白』
著者:榎本憲男
出版社:中央公論新社(文庫)
価格:¥990(本体¥900+税)

秀逸なミステリアンソロジー「迷 まよう」

「迷」をテーマにした短編小説集
「迷 まよう」読了。
名だたる短編の名手たちによるミステリ作品の
アンソロジー集。

一人暮らしを始めた女性。ある時期から
夜明けに2階の部屋から洗濯機の稼働音が・・。
その音に悩まされる日々。
不動産屋に連絡するとそこは空き部屋だと
言われる!?
ホラーか?ミステリーか?意外な結末に唸ってしまった。
「未事故物件」近藤史恵

酔っぱらって他人の家に上がり込み、
なぜか用意されていた鍋と日本酒を
たらふく頂戴し、そこにあったお猪口
をちゃっかり持って帰ってしまった
サラリーマン。ところが2週間後
その家で殺人事件が!!
泥酔して飛んでしまった記憶が徐々に
甦るととんでもない真実が明らかに!
その過程がとても面白かった。
「迷い家」福田和代

両親が離婚することになり、どちらに
つくのか決断を迫られた、中学生の姉と
まだ幼い弟。弟思いの姉は、弟のために
メリットある方へついていこうと考える。
冷静に両親の動向を探ると、父親の
秘密を知ることになる・・・。
両親の離婚について普通なら悲しむところ、
しかし冷めた眼で両親を見る中学生の姉が
凄いと感心。でも本当はつらいんだろうな~。
「沈みかけの船より、愛をこめて」乙一

海外ツアーの女性一人旅。トイレに寄った
ところで、ツアーバスに置き去りにされて
しまう。そこへやてきた一台の車。拙い
英語で事情を説明。ところが出した財布を
盗られ、車から追い出された。ツアーに
おいつくまでの恐怖の時間を経験。
その後、女性がとった行動とは・・・?
これは読み終わった後とても清々しい
気持ちになった。「置き去り」松村比呂美

老女の導きで古い洋館にたどり着いた女性たち。
その中の一人はこの洋館の関係者だった。
明治から昭和の間にこの洋館で起こった事件。
その真相が今暴かれる!
短編でありながら読み応え十分のミステリ!
「迷い鏡」篠田真由美

人の迷惑にならないように生きる。
幼い頃からそう言われて育った女性。
結婚を機に運命の歯車が狂ってしまった。
幼い息子を事故で亡くし・・・
実家の父を看取り、母を亡くし・・・
そして、女性はある決心をする。
「人に迷惑をかけるな」という言葉
の呪縛。それは恐ろしい結末へ・・・。
「女の一生」新津きよみ

定年後、妻を喪ったことを機に蝶々収集
という趣味を持った男。
妻の介護のため早期退職した男。
二人は、珍しい蝶を探す過程で出会った。
しかし・・・。
二人の男たちの間には因縁めいた関係が
あった。二人を繋いだものとは!?
読み進む内に徐々に明らかになる。
この展開に震える!
「迷蝶」柴田よしき

新人賞を受賞した後、消息がつかめない
作家の問い合わせを受けた大御所作家。
なんと、覆面作家らしい。
気になったので調べていると、若い時に
仲の良かった旧友から、突然会いたいと
連絡が入った・・・・。
覆面作家の正体に心が揺れる、大御所
作家の苦悩。『覆面作家』大沢在昌

作家さんそれぞれの持ち味が生かされた
作品の数々に酔いしれる。

『アミの会(仮)迷 まよう』
著者:大沢在昌/乙一/近藤史恵/篠田真由美/柴田よしき/
新津きよみ/福田和代/松村比呂美
出版社:実業之日本社(文庫)
価格:¥836(本体¥760+税)