退職刑事の日常ミステリーに癒される「バスを待つ男」

先日、西村健さんの新刊「最果ての街」を読み
渋くて大人のミステリーの世界を知ってから、
他の作品を読んでみたくなり、捜した1冊が
「バスを待つ男」(実業之日本社)です。

退職した現場一筋だった元・刑事。現在は
妻と二人の生活。娘がいたが幼いころ交通事故で亡くした。
妻はその悲しみを克服するため、料理に楽しみを見出し、
自宅で料理教室を開いている。
刑事一筋だった夫は、趣味と言うものが無く
無駄に日々を過ごしていたが、ある日妻のアドバイス
がきっかけで、都内の路線バス乗り放題のシルバー
パスで、一日バスの旅を始める。

最初はひまつぶしにと思っていたが、昔の事件現場や
同僚と行った飲み屋など、好きな場所、興味をひかれた
場所に行ってみると思わぬ発見があったりして、
いつしか、すっかりバスの旅にはまってしまった。

一日バスの旅を続けるうちに、様々な人間を発見する。
どうにも気になり、昔取った杵柄で、声をかけてみると
こんなことがあり困っている・・・。と相談される。
元・刑事は、早速妻に報告。妻はミステリ小説をよく読んでいる。
すると妻が意外な解決策を見出してくれる。
そんな過程で、元刑事はバス旅の仲間も増えた・・・。

この作品に登場するエピソードが、とても優しい。
悪意のない「謎」の解明に心がホッとする。
また、おじいちゃんたちが楽しそうにバスの旅をしている状況を
想像するだけで、思わずクスッとしてしまう。
さらに、主人公の夫婦のあり方も素敵だ。
夫の話を聞きそっとアドバイスする妻のさりげなさ。
妻にいつも感謝の心を忘れない夫。
長く連れ添い、その間に子供を失うという大きな悲しみを
乗り越えたからこそ深まる絆だろうと思う。

現役のころ、迷宮入りになった事件があった。
バスの旅を始め、そして元同僚だった男との再会で
改めて事件を思い返してみると、はっきりと事件の
真相が見えてきた。
なるほど、そういうことだったのか・・と
彼らは長年の気掛かりも消え、本当の意味で解放されたのだ。

ミステリー好きの妻が「安楽椅子探偵」となり謎を解く。
ミステリージャンルで言うとこの作品はまさに、
「安楽椅子探偵」もの。
しかし、ただのミステリー小説ではない。
人と人との繋がりの大切を教えてくれる、人情味あふれる
大人のミステリー作品だと思った。

『バスを待つ男』
著者:西村健
出版社:実業之日本社
価格:¥1,500(税別)

特撮ファンにもオススメ!ノスタルジー感あふれたミステリ「追想の探偵」

「機龍警察」シリーズでおなじみの月村了衛さんの新作が、
なんとも癒し系のミステリーで、思わずうるうるきてしまいました。
タイトルは「追想の探偵」(双葉社刊)です。

不定期で刊行していた特撮雑誌「特撮旬報」が、社長のきまぐれで
隔月で刊行することになった。編集部は人手不足、
不定期で刊行しているときもぎりぎりの状態だったのに・・・。
しかも、その編集部は部長、デスクを始め、変人ばかり。
まともな編集者はおらんのかいな!?といつも頭を痛めている、
若き女性敏腕編集者・神部実花。
これまでの雑誌の取材のため、消息不明になっている特撮
関係者を何人も捜しあてているので、業界では「人捜しの神部」
と呼ばれている。
また、任務遂行時には、「それが、私の仕事ですから」が口ぐせだ。

そんなとき、業界から特撮ヲタクが涎を垂らして喜びそうな
特上ネタが次々舞い込んでくる。
隔月刊になった「特撮旬報」の特集に使えそうな極上ネタだ!

だが、特撮の全盛期は、70年代~80年代。そんな時期のネタに
ついて調査するのは困難なことだ。
取材をするにも関係者は高齢になっているし、亡くなった人もいる。
しかし、「人捜しの神部」は、ありとあらゆる伝手を辿り、
人を訪ね、関係者だった人たちに取材を重ねてゆく。
だが、捜し当てても空振りすることが多々ある。
それでも挫けないのは、特撮が好きだから!それに関係していた
人々の素晴らしい仕事、映像などのエピソードを知りたいからだ!
陽の目を見て欲しい、特撮ファンに知って欲しい!その思いだけだ。

それらの調査過程と、ネタに仕込まれた謎の解明が
ミステリー仕立てになっていて、そこに様々なドラマが
用意されているのだ。
思うように仕事がはかどらない時、神部はなぜこんな
ことをしているのかと自分に問う。
しかし、探し求めたものに出会った時の興奮と感動は
そんな疑問など吹き飛ばしてしまう。

「特撮ヲタクが待っている!特上のネタを!雑誌を!」
そのネタの解明のためなら、手段を選ばない猪突猛進の
神部実花。彼女の熱き思いと関わった人たちのエピソードが胸に響く。

はまさきも、ウルトラマン、怪奇大作戦、ガメラに
ゴジラ・仮面ライダーと特撮好きは半端ない。
(円谷・大映・東宝と聞くと胸がときめく!)

小説の中では、事情があって放送されずお蔵入りになった
特撮ドラマを巡る制作側と女性編集者の攻防が
描かれているが、実際にお蔵入りになった作品があるのだ。

特撮ファンとしては70年代~80年代の特撮ヒーローもの
の話は大好きで、読んでいてとても楽しく、懐かしく
思い出した。

『追想の探偵』
著者:月村了衛
出版社:双葉社
価格:¥1,500(税別)

真実を求め戦う女性暗殺者を描く!「ライアー」

大沢在昌さんの元女性刑事が主人公の「冬芽の人」に
続き、女性暗殺者が主人公の「ライアー」を読みました。

大沢さんの作品の中で一番好きなのは、もちろん
新宿鮫シリーズですが、バイオレンスな描写も
多いので、休み休み読んでいるところです。
それでも、この「ライアー」に登場する女性は、
女版鮫島みたいで、読んでしまいました。

優しい夫と素直に育った息子に囲まれ、
幸せな家庭生活を送っている、神村奈々。
実は、対象人物の「国外処理」を行う秘密機関の工作員。
優れた判断力と暗殺技術で機関内でもトップクラスだ。

奈々は対象人物の「国外処理」を行うため、上海にいた。
夫と息子には友人に会いに行くと言ってある。
それならば家族で久々にゆっくりしようということで
夫と息子も一緒にやってきた。その二人は、釣りに行っている。
奈々はその間に任務を完了する予定だ。
仲間と入念な打ち合わせの末、任務を決行した。
完璧だと思われた仕事だったが、処理を行った
対象人物の関係者二人に顔を見られてしまった。
とっさの判断で関係者を処理し、逃亡を図った奈々だったが
意外な速さで中国の警察がホテルを包囲していた。
奈々は連行されたが、あっさり釈放された。

その後日本に帰り穏やかな日常を送っていた。
だがある日、夫が身元不明の女性と怪死を遂げた。

夫の性格と自分に寄せる愛情を考えれば、女と一緒にホテルで
死ぬなんてありえない!
奈々は冷静に状況を把握しようとした。
夫の遺体と対面させられ、事情を聞かれたときだった。
奈々のあまりの冷静さに、刑事は疑問を抱く。

奈々は夫の死の真相を知るため一人動き始めた。
しかし、そのことがさらに‘何か’を刺激したらしい。
奈々は命を狙われる。
そして、運命の歯車が狂い始めた。
次々と現れる殺人者、裏切り、謎!?。

それでも奈々は夫のために真相を追う!

奈々は生き残るため、自分の障害になるものをすべて
排除してきた。普通の人間の感情はどこかに置き忘れた。
だから夫に対する気持ちは、息子の父親という感情しか
持てなかった。自分の方が早く死ぬ。だから夫に
息子を育ててもらいたい。ただそれだけだった。

だが、夫と息子との穏やかな生活の中で大切な事を知ったのだ。
夫を失い、次第に夫が本当にしたかったことがわかると
奈々は夫に対し深い愛情を感じるようになった。

夫はなぜ死ななければならなかったのか・・・?

夫と息子のために一人で闘いを挑む奈々の姿に心が震える!
女性版、アクション・ハードボイルドの傑作。
全てを悟ったとき、奈々は亡くなった夫のために息子と生きる
決意を固める。その清々しさは何とも言えない!

『ライアー』
著者:大沢在昌
出版社:新潮社(文庫)
価格:¥940(税別)

このミス大賞受賞、受賞作にふさわしい医療ミステリ「がん消滅の罠」

2017年このミステリーがすごい大賞の大賞受賞作。
「がん消滅の罠 完全寛解の謎」(岩木一麻著、宝島社)。
大賞受賞で非常に評判がよく、「前代未聞!史上最高の医学
トリック!」「謎の設定が素晴らしい!」「日本医学ミステリ
史上3指に入る傑作!」等々、最高の賛辞が寄せられていて、
このミス大賞受賞作で久々の大ヒットとなりました。

‘医療’ミステリなのにわかりやすく、非常に面白かった。
しかし、個人的には解明されない「謎」が残ったまま。
再読しないとわからないかも・・・・。

末期がんと診断され余命宣告を受けた患者が、リビング
ニーズ特約の保険金(生前給付金のこと)を受け取った。
だが受給後、病巣はきれいに消え去っていた。

同様の保険金支払いが立て続けに起きており4件目だという。
日本がんセンターに勤務する医師・夏目は、生命保険会社に
勤務する友人から、そんなことがあるのか?
と質問を受けた。夏目は、末期がん患者のがん病巣が
きれいに消え去るなんてことはない!と答えたが実際には起こった。

連続する奇妙ながん消失事件。
不審に思った夏目と保険会社の友人、そして研究医の友人たちと
謎の解明に乗り出す。
そんな中、患者たちのかかりつけの病院の履歴を調べているうちに、
聞きなれない病院に行きあたる。
その病院は、有名人や、政財界、官僚など、比較的お金に
余裕のある人たちが多く通う病院だった・・・。

謎が謎を呼ぶ展開に、難しい医学用語など無視して
ひたすら読みふけった。すごく面白い!!
余計な謎は出てこず、「末期がん」の病巣がなぜ消えたのか?
というその謎に焦点をあてて描いてあるので、
物語の展開は非常につかみやすかった。
ただ「がん消滅」のトリックは最後の最後までわからない。
想像もつかない・・・・。

「がん」について、さらに最新のがん診療についても
とても詳しく書いてあり、勉強にもなりました。

『がん消滅の罠 完全寛解の謎』
著者:岩木一麻
出版社:宝島社
価格:¥1,380

渋くてリアルで切ない社会派ミステリー「最果ての街」

「地の底のヤマ」で吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞、
日本冒険小説大賞など、数々の賞を受賞した、西村健さんの
新刊が発売されました。
実は、はまさき、西村さんの作品はこの「最果ての街」が初読み。

東京には通称「山谷」と呼ばれる巨大なドヤ街がある。
そこにある山谷労働出張所は、日雇い労働の斡旋専門の職業安定所だ。
山谷地区は、不景気のため仕事が減少、さらに労働者の高齢化など
様々な問題が多発していた。
所長の深恒は、厳しい労働条件の中でも必死に生きる
労働者たちを、静かに温かく見守りながら接していた。

そんなある日、近くの公園でホームレス殺害事件が起こった。
被害者は、山谷地区の労働者だった・・・。
警察は、ホームレスの事件は日常のよくあること
と片付け、なかなか真剣に捜査はしない。
それでも、そのホームレスの死をなんとか遺族に伝えたい!
そういう思いが募り、深恒は被害者の親族を
探そうと動き出した。家族からもあきれられるほど
熱心に被害者の軌跡をたどる深恒・・・。
やがて、被害者の意外な過去が明らかになる。

ミステリー小説の展開だが、全くそういう片鱗を見せない。
ホームレスの日々の生活を丁寧に描てあり、ものすごくリアル。
事件が起きるまで、「なぜ、ホームレスに行きついてしまうのか」
という、底辺に墜ちてしまった様々な人たちの状況が語られる。
この作品を読み、今まであまり触れることのなかった暮らしを
している人々の実態を知ることができた。
経済活動のみを優先してきた結果の陰の部分だ。
今の日本社会の歪みが、すべてこの作品のなかの
登場人物たちの口から語られている。

厳しい現実の中、それでも前を見て生きている人がいること、
希望を持てるということがわかり、事件解決したあと少し切なく
なってしまったが、読後は清々しい気持ちになった。

『最果ての街』
著者:西村健
出版社:角川春樹事務所
価格:¥1,600(税別)

想像を絶する過酷な捜査!「見当たり捜査官」

最近の警察小説は、リアルな捜査部署から、架空の
捜査部署まで、虚実織り交ぜた様々な部署を
舞台にした作品が多く、面白さに幅が出てきた感じです。
でも、戸梶圭太さんの「見当たり捜査官」を
発見して、「見当たり捜査」っていうのは
まだ読んでいない!ということで読んでみました。

「見当たり捜査」・・・とにかく過酷な捜査です!!

見当たり捜査というのは、通常の捜査班には所属せず
単独で指名手配犯を探し出して逮捕するという仕事。
時々テレビドラマでも取り上げられるが、聞きなれないので、
一般市民はもちろん、警察内部でも知らない人がいるらしい。

著者曰く、指名手配になって何年も捕まらない犯罪者は、
大都市の雑踏の中に紛れ込んでいることがある!とのこと。
その雑踏の中からたった一人の犯罪者を見つけ出す。
途方もない、気の遠くなるような仕事。

そのため見当たり捜査官は、指名手配犯の写真を見続けその顔を頭に
叩き込み寒さに震える冬も、猛暑の夏も、ただひたすら犯罪者が現れ
そうな場所に潜む・・・。

その功績で過去には警視総監賞という表彰も受けたことがある、
警視庁捜査共助課・久米山警部補は、最近全く調子が上がらず
なかなか結果を出せずにいた。負けは60敗以上・・・。
俺はほんとに税金泥棒じゃないかと真剣に悩む始末。
おまけに逮捕を焦り誤認逮捕までやらかしてしまった!
かつての自分を取り戻すべく、なりふりかまわず捜査に没頭している。

それでもやっと目当ての犯罪者を見つけた時は、身体中に電流が走る!
脱兎のごとく犯罪者の前に飛び出し手錠をかける!というか、かけたい!
だが、そう簡単にはいかない!!
犯罪者の多くは優秀な日本の警察官の手で逮捕されるが、
ずる賢いを犯罪者は、あの手この手を使って逃げる。
指名手配になっても逃げおおせる。
そんな犯罪者が、簡単に御用になるはずはない。
犯罪者の悪あがきがとにかく凄い!凄すぎる!!
久米山の逮捕への執念と、なんとしてでも逃げようとする犯罪者との
命懸けの攻防に眼を見張る。

久米山の苦悩ぶりが時におかしく切なく、そして妙にリアル。
思わず負けるな!頑張れ!と応援したくなる。

あまりに過酷で、正義とか、スマートさ、かっこよさとは
無縁の警察小説だが、ひたすら犯罪者を追う刑事の喜怒哀楽を
臨場感たっぷりに描いた傑作。

『見当たり捜査官』
著者:戸梶圭太
出版社:双葉社(文庫)
価格:¥648(税別)

ぶっ飛んだ面白さ!スパイ小説に新たなヒーロー誕生か?「県警外事課 クルス機関」

2017年「このミステリーがすごい!」大賞の優秀賞受賞作
「県警外事課 クルス機関」柏木伸介著(宝島社)
あまりの面白さにぶっ飛びました!!!

優秀賞受賞作でぶっ飛びの面白さって・・・。
ちなみに「このミス大賞」受賞作は「がん消滅の罠」です。
今とっても話題になっていて、はまさきまだ読んで
いないのですが、大賞受賞作はどれだけ面白いんだ・・
って期待がふくらみます!!!!

神奈川県警外事課の来栖惟臣(くるすこれおみ)は、型破りで
組織のやり方からはみ出すため、一人諜報組織‘クルス機関’の
異名をとっている。

上にばかりいい顔をする来栖の上司は、来栖を目の敵に
していて、いつも嫌味やひと言が多い。しかし、それが
外事課の職員の発言かッ!?とツッコミをいれたくなる
くらい世間知らずな事を言う。

来栖は、ある筋から日本に潜入している北朝鮮の工作員が
大規模テロを企てているという情報を得る。
関係者に探り入れるが、「南を差し置いて北が日本にテロを
仕掛けるなど前代未聞」と言われる始末。
だが、情報は正確だと確信している来栖は、徹底的に
調査しそれが事実ならば絶対にテロを回避すると断言する。

同じ頃、北の関係者だと思われる人物が次々と暗殺されていた。
実行犯は、呉宗秀(オ・ジョンス)。日本名は尾崎陽一。
彼は、暗殺方法や日本教育も徹底的に訓練されていた。
そして誰にも怪しまれず日本社会に溶け込み、祖国からの
指令を冷酷に遂行していた。

しかし、思いもよらない人物との出会いや謎の
女子高生の出現により、呉宗秀の完璧なる
計画に狂いが生じ始める。

国際社会において、現在、日本をとりまく危機的状況を
背景に、冷酷な北朝鮮の工作員と来栖の攻防が非常に
リアルに描かれていて、フィクションでない恐ろしさを感じる。
さらに、スパイ天国と揶揄される脳天気な日本のイメージが
刷りこまれ、よりいっそう日本の危うさを感じてしまう。

しかし、キャラクターは非常に魅力的!
一人諜報組織と異名をとる来栖が非常にスマートな
イケメンであると想像できる。
全てにおいて優秀。非常時でもクールに対処できる
公安刑事としては理想的な人物。
しかも、少しだけ組織からはみ出すやんちゃな部分も
持ち合わせ、ハードボイルド的要素が鮮明になる。
また、北朝鮮の工作員・呉宗秀のキャラは来栖よりも練られている。
冷酷な暗殺者が人の優しさに触れた時、また、あまりにも
予想外なことが起きた時、どうなるか・・・?
そこに人間的魅力を感じてしまう。

誰かの意志で自身を殺し、祖国のためのロボットに
成りきろうとしても、人は絶対にロボットにはなれない。
それがヒューマン・エラー。それこそが人間の証。
呉宗秀のキャラにそんなことを思ってしまった。

物語の背景、キャラ設定、ストーリー展開そのすべてが
申し分ない。面白さもこのミス大賞級!

来栖のその後が読みたくなる。シリーズ化してほしい1作!

『県警外事課 クルス機関』
著者:柏木伸介
出版社:宝島社(文庫)
価格:¥650(税別)