日本の新たな船出を陰で支えた傑物の生涯「天を測る」

「隠蔽捜査」シリーズや
「警視庁臨海署安積班」シリーズ
など警察小説で人気の今野敏先生が、
実在の人物を主人公にした歴史小説を
描かれました。
幕末に活躍した「小野友五郎」。

幕末の偉人と言えば西郷隆盛、
坂本龍馬、勝海舟、福沢諭吉など
多数いるし、日本史の授業や小説。
歴史の本などで知る機会があった。

しかし「小野友五郎」という人物は
この本を読むまで全く知らなかった。

小野友五郎は、笠間牧野家家臣で
長崎海軍伝習所の一期生。
咸臨丸では測量方兼運用方を務めた。
若い頃から算術に長け、
その正確さにおいて、小野に並ぶ者は
いなかったという。

安政7(1860)年、咸臨丸は浦賀港から
サンフランシスコへ向けて出港。
太平洋を渡る長い航海で、艦長の勝麟太郎は
船酔いを理由に船室に籠り切りだった。
そんな中、小野は技術アドバイザーとして
咸臨丸に乗船していたアメリカ海軍士官、
ジョン・M・ブルックと算術・測量術を
競い合い、アメリカ側に勝利した。
この出来事はアメリカ人たちを驚かせ、
誰もが小野を信頼するようになる。

遣米使節団としてともに渡米した
福沢諭吉は、かなり辛辣に描写
されている。問題児だったようで、
規律を重んじる小野から叱責されている。
偉人の意外な一面を見た。

そして、使節団がサンフランシスコの
街や建物などの珍しさに目を奪われている頃、
小野ら測量方の者たちは、軍艦造船などの
現場をつぶさに見て回りその習得に励んだ。

ペリー来航以来、徐々に開国に踏み切った江戸幕府。
外国の脅威を迎え撃つには、軍艦造船と港の整備が
急務であることを早々に幕府に訴え、
算術を武器にアメリカと対等に渡り合った男。

小野はつねに「世のことわりは、すべて単純な
数式で表せる」と考えていた。
さらに、攘夷を声高に叫び、外国に対して
無謀な闘いを挑む毛利や島津を理解できないでいた。

邪魔なものは排除する。

小野は言う
「己にないものを自覚し、他者の良さを認めて足し算をしてゆく。」
それが国の品格を生む。
引き算ばかり考えている者に品格が備わることはない・・・と。

この言葉がとても心に響いた。

今の日本はどうだろう?
品格ある国家だろうか?

260年間もの長きにわたり、戦争もなく
平和な時代を作った江戸幕府。
これは凄いことなのではないか?

新政府は、列強諸国に追いつくために
これまでの日本を否定するかのように
欧米化を図ってゆく。

その中で小野はこれからの日本の行く末を考え、
己のすべきことに邁進してゆく。
江戸湾海防計画、そして軍艦建造をやり遂げ、
近代日本の船出を陰で支え続ける。
明治の世になってからは新政府のために
鉄道測量の仕事に就いた。

日本のために、ただひたむきに働き尽くした
男の生涯に胸が熱くなった。

『天を測る』
著者:今野敏
出版社:講談社
価格:¥1,700(税別)

「ラストライン」シリーズとコラボ!「時効の果て 警視庁追跡捜査係」

堂場瞬一さんの人気警察小説シリーズ
「警視庁追跡捜査係」の新刊
「時効の果て」は、「ラストライン」
シリーズとコラボレーションしている。

どちらも大好きなシリーズなので、
コラボになったことはとても嬉しい。
発売前からワクワクして待っていた。

31年前迷宮入りしたバラバラ殺人事件の
新証言が週刊誌の見出しを飾っていた。

追跡捜査係の西川は、「何だ?これは」
と思わず声を上げた。
その記事には犯人しか知りえない詳細な
事実が書かれていた。

追跡捜査係は、未解決の事件を捜査する
係だが、とうの昔に時効になってしまった
事件を今さら捜査することはできない。

しかし、新証言が週刊誌に掲載された
ことで警察の面子は潰され、上層部
が再捜査を命じてきた。

大学生の時にこの事件に興味を
持ち刑事になった岩倉剛は、西川に
連絡をとり、自分も再捜査に加えて
欲しいと言い出した。

そして正式に捜査が開始された。
まず、週刊誌側の責任者を聴取。
すると一人の男が浮かびあがる。

岩倉と西川はその男をマークする。
ところが、その男は何者かに拉致される。
すぐに追跡したが、拉致した男の車は
警察のマークに気づき事故を起こしてしまう。

岩倉たちがマークしていた男は骨折で入院。
謎の男は事故死してしまった・・・・。

岩倉と西川が必死で捜査するも、31年という
時間の壁に阻まれ、捜査は進まない。
さらに、謎の男の死で事件の真相に
近づくことすらできない。

二人は、31年前のバラバラ殺人事件の真相を
暴くことが出来るのか?

事件の真相を追う、二人の刑事の執念
に圧倒される。

岩倉の姿勢は後輩たちに煙たがられているようだ。
「ラストライン」で掴み切れなかった
岩倉のイメージが、この作品で西川の
目線が入ることによって、とても
頑固な奴だということがわかった。

それぞれのシリーズが交差する面白さが
際立っている!

3月は「骨を追え!ラストライン④」

次のコラボ企画は、8月発売!
「警視庁犯罪被害者支援課」と「追跡捜査係」の
コラボレーションだ。
どんな事件で誰とコラボするのか?
今から楽しみで仕方ない。

『時効の果て 警視庁追跡捜査係』
著者:堂場瞬一
出版社:角川春樹事務所(文庫)
価格:¥780(税別)

コロナ禍に挑む!「DASPA吉良大介コールドウォー」

榎本憲男さんの「DASPA吉良大介コールドウォー」は
「巡査長真行寺弘道インフォデミック」と対をなす作品。

2019年の暮れ、DASPAの吉良大介は、
ダークウエブの賭博サイトに
「2020年に東京オリンピックは開催
されるか?」
という不吉な賭けを発見する。

2020年になると新型コロナウイルスに
よる感染拡大で東京オリンピックは
2021年に延期すると発表された。

このコロナ禍で人々は不確かな情報に
よって右往左往する。
日本社会はゆるいロックダウンによる
「自粛」生活へと突入し、今まで
誰もが経験したことのない危機的状況
に追い詰められた。

そんな中、この空気感に抵抗するかの
ような発言をしたアーティストがいた。
「人は死ぬときに死ぬ」と発言し、
ライブ活動を続ける伝説的ミュージシャン・
浅倉マリが「浅倉マリと愚か者の集い」と称し、
大規模なライブ活動を開催すると発表したのだ。

吉良は、この事態に対処すべく、警視庁
捜査一課の水野玲子課長にプレッシャーを
かける。
吉良から圧力をかけられた水野は
部下の真行寺に浅倉マリの監視と
ライブを自粛するよう促した。

日本をバージョンアップするという
信念を持つ吉良大介。
コロナ禍という前代未聞の危機に
どう立ち向かうのか?

そして国家の危機に国民は国の政策に
従うべきという目線で語る吉良と
人は自由に生きることが大切だと信じる、
巡査長真行寺との対決シーンは、
「巡査長真行寺弘道インフォデミック」
本書「コールドウォー」の最大の見せ場。

コロナ禍にあり、右往左往する
国と、国の政策に期待を持てない
国民の心情というものを圧倒的な
臨場感で描き切っている。

「巡査長真行寺弘道インフォデミック」
「DASPA吉良大介コールドウォー」
2冊を読めばコロナ禍における日本社会
のリアルを感じ取ることが出来る。

また、真行寺弘道の影の相棒であるボビーや
捜査一課課長水野玲子が吉良大介とどういう
関係性にあるのかも読みどころ。

そういう意味でも、
「巡査長真行寺弘道インフォデミック」と
あわせて読むとさらにさらに面白い!

『DASPA吉良大介 コールドウォー』
著者:榎本憲男
出版社:小学館(文庫)
価格:¥850(税別)

コロナ禍の今をリアルに描く!「巡査長真行寺弘道インフォデミック」

榎本憲男さんの「巡査長真行寺弘道」シリーズ第5弾
「インフォデミック」を読みました。

このシリーズ、他の警察小説とは一線を画す、
独特の世界観がある。
一巻を読んだらクセになるほど面白い警察小説。

これまで、日本社会の闇、インドのカースト制度、
マイノリティ、日本の経済をテーマに
描かれてきた。

そして、2020年!
新型コロナウイルスの感染拡大によって
世界中に危機が訪れた。

このコロナ禍で人々は不確かな情報に
よって右往左往する。
誰もが経験したことのない危機的状況
に追い詰められた。

2020年春、新型ウイルスが世界中で猛威を振るい、
人々は不確かな情報に踊らされ、不安のみが増大。
仕事は在宅ワークとなり、出歩くな、人と会うな
イベントはすべて中止。さらに自粛警察まで
現れた。

そんな時、「人は死ぬときに死ぬ」とライブ活動を
続ける伝説的ミュージシャン・浅倉マリがメディアに
登場し、真面目に自粛している国民に向けて
過激なメッセージを発信した。

真行寺は、同居している森園みのるの
最近の様子になんとなく違和感を感じ
問い詰めると、件の浅倉マリを主催者に
白石サランの事務所「ワルキューレ」
を通じ大掛かりなライブコンサートを
企画していることを知る。

そして、真行寺は高齢な浅倉の監視と
ライブ活動の自粛を促すように、
上司の水野玲子捜査一課長に命じられた。

新型コロナウイルスの感染が拡大する中、
ライブコンサートなど開催したらどうなるのか?
自由人、真行寺もさすがに白石に自粛する
よう促すが・・・・。

この件で白石との溝が出来てしまった
真行寺。そんなとき、浅倉マリが
新型コロナウイルスに感染し急死
したとの連絡が入った!

著者は5月にこの新型コロナウイルス
をテーマに描くことを決めたという。
ここに描かれたコロナ禍の状況は
あまりにもリアル。

リーダーたちの中途半端な政策に対し、
私たちの心の中の思いが代弁されていて、
真行寺の言葉や思いに共感できるところが
たくさんある。
こういう状況だから、上の言っている
ことはわかる、わかるけど・・・。
私たちのどうしようもないこの
モヤモヤっとした気持ちは、まさに
この作品にすべて描かれていると
言っても過言ではない。

さらに、5月の緊急事態宣言の後にやって
くるかもしれない、感染拡大第2波を
予言している。

物語の方向はというと、驚くべき
事態に展開してゆく!

この作品と対をなす
「DASPA吉良大介 コールドウォー」と
あわせて読むとさらにさらに面白いです!

『巡査長真行寺弘道 インフォデミック』
著者:榎本憲男
出版社:中央公論新社(文庫)
価格:¥800(税別)

日本社会のタブーに斬り込んだ!「ドクター・デスの遺産」

犬飼刑事シリーズ第4弾「ドクター・デスの遺産」
を読みました。

「安楽死」に対する著者の深い考察が
この作品をただの警察ミステリーと
して終わらせていない。
日本社会の背景がしっかりと描き込まれ
さらに問題提起されている。

警視庁本部に設置された通信指令
センターに一人の少年から通報があった。
闘病中の父が悪い医者に殺されたというのだ。
少年は昨日も同じことを通報してきた。
話を聞いた女性警官は、2日続けての
少年の訴えに同情し、捜査一課の
高千穂刑事に事情を説明した。

高千穂は、相棒の犬飼刑事に相談。
露骨に嫌そうな顔をされるが、
二人は少年の家に事情聴取に向かった。

母親は息子の勘違いだと説明したが、
近所の聞き込みにより、親子の
意見が食い違うことが発覚。
嘘をついているのは母親のようだ。

そこで、犬飼らが母親の周辺を調査すると
「ドクター・デス」という怪しい
サイトにアクセスしていることを
突き止める。

「ドクター・デス」は、安らかで
苦痛のない死を20万円で提供する
という医師が開設したサイトだった・・・。

この少年の通報を契機に、日本各地で
類似の事件が次々と明らかになる。

難航する捜査。
ドクター・デスと名乗る医師の正体とは?

海外ではすでに認められている「安楽死」。
日本では未だにタブー視されている。

しかし、苦しい痛みを伴う難病や末期がん
の凄惨さは本人もつらい、看病する家族もつらい。

愛する人の苦しみを少しでも軽減したい。
そして楽にしてあげたいと思うのは
いけないことなのか?

もし自分がそういう立場になったら
どうするだろう・・・?
「生」と「死」について、深く考え
させられる。

そして、物語中盤の驚くべき展開に
衝撃を受けた!

日本社会の歪みに「どんでん返しの帝王」が
鋭く斬り込んだ、究極の社会派ミステリー。

『ドクター・デスの遺産 刑事犬養隼人』
著者:中山七里
出版社:KADOKAWA(文庫)
価格:¥640(税別)

比嘉姉妹シリーズ最新作「ぜんしゅの跫」は怖かった!

澤村伊智さんのホラー短編集『ぜんしゅの跫』
は、霊媒師・比嘉姉妹シリーズ最新作!
「鏡」「わたしの町のレイコさん」
「鬼のうみたりければ」「赤い学生服の女子」
「ぜんしゅの跫」の5編のホラー短編作品を収録。

「鏡」
子どもを授かった若い夫婦。
生まれてくるのは女の子で、夫婦は
娘の将来の幸せを願った。
夫はその日、知人の結婚披露宴に
出席する。ところが会場の
レストルームの鏡を見た瞬間
不気味な男の姿を見てしまう・・・。
「ぼぎわんが、来る」の前日譚。

「わたしの町のレイコさん」
都市伝説にまつわるホラー。
トイレの花子さんみたいな都市伝説
的なホラー話が大好きな女の子。
巷では、ゲイのレイコさんが
ナイフを片手に男の子を追いかける!!
という噂話が。その真実を調べる内に
過去の悲劇が明らかに!

「鬼のうみたりければ」
双子の男の兄弟で、兄の方が
神隠しにあって行方不明なった。
弟の方は成長し、結婚。
しかし、不景気でリストラにあった。
妻は仕事、家事、育児さらに
老いた義母の介護までするはめに!
もう限界!と悲鳴をあげそうに
なった頃、ひょっこり兄が帰ってきた!!
この人本物の兄なの・・・?

「赤い制服の女子」
事故にあい、重傷を負った男性。
入院している病院で怪事件が。
赤い学制服の女の子が呼んでいると
話していた入院患者が次々と
亡くなってしまった。
次は俺の番か・・・と思っていた
ところで!!!

「ぜんしゅの跫」
真琴と野崎の結婚式。姉の琴子は
祝いに駆け付けるが、真琴に怪我を
させてしまう!
琴子は真琴が引き受けていた
「見えない通り魔」事件の
調査に乗り出す。
かりかりかりと不気味な音を
出すそれは、巨大な化け物
だった・・・・。

「ぼぎわんが、来る」の前日譚
は不気味で怖かった。
一番怖かったのは、「鬼のうみたりければ」。
兄とはいったい何者か?ラストの衝撃は
半端なかった!
表題の「ぜんしゅの跫」は、比嘉姉妹
と化け物との対決が読みどころ。

どの作品もいったい何が出てくるのか
という怖さに対する期待感が膨らむ!
その期待を裏切らないストーリー展開に
100%満足!

『ぜんしゅの跫』
著者:澤村伊智
出版社:KADOKAWA(文庫)
価格:¥640(税別)