心ゆさぶられるハードボイルドの傑作!『凍てついた夜』

英米のハードボイルド探偵小説の傑作は数々あります。
レイモンド・チャンドラーなどはその筆頭ですよね。
かっこいい男性が主人公で、気障な決めセリフが必ずあるんです。

そういう作品も良いですが、女性が主人公のハードボイルドも
あるんです。
代表作は、サラ・パレッキー『女探偵・V・I・ウオーショースキー』
シリーズ。美人で強くてかっこいい女探偵です。
でも私が今まで読んで一番心惹かれたのは、この
「凍てついた夜」のヒロイン・ロレインです。

凍てついた夜

ロス市警の優秀な女刑事・ロレイン。
夫と二人の娘。忙しいなか、仕事も家庭も順調だった。
だが、ある捜査で少年を誤殺。それからロレインの
人生の歯車が狂い始めた。
少年を誤殺したあと、信頼する相棒も失い、
ロレインは酒におぼれるようになる。
酒のせいで、仕事でも家庭でも居場所を失い、
ロレインはアルコール中毒患者へと堕ちていった。
ある日、アルコールのせいでボロボロになり倒れていた
ロレインは更生施設に収容された。
人生をなかばなげていたロレインだったが、
更生施設で出会った一人の気のいい女性が心の支えとなり、
アルコールを断つ決意をする。

そして6年後、退院したロレインはある連続殺人事件に
巻き込まれてしまう。
元から優秀な捜査官だったロレインは、女性と二人で
探偵事務所を立ち上げ、人生をやり直すことを誓うのだった。

この作品は、ミステリーだが、一人の女性の再生の物語でも
ある。幸せな家庭、自信に満ちた仕事、信頼できる相棒。
そのすべてを失い、売春婦に堕ち、アル中患者として人生を
おくるはめになる。
だがロレインは、もう一度やり直す決意をする。それは
もう一度、別れた娘たちに会いたいという思いと失った
相棒との約束が残っていたから。
何度も何度も挫折を味わいながら、それでも必死で
やり直そうと頑張るロレイン。
殺人事件に巻き込まれるが、捜査をしていくうちに
自分の使命を悟るロレイン。
ロレインの弱さと強さが心を揺さぶり、読んでいて
何度も涙ぐんだ・・・・。
心に残る最高のハードボイルドミステリー。

この作品は、訳も非常に素晴らしく読みやすかった。

『凍てついた夜』
著者:リンダ・ラ・プラント著/奥村章子訳
出版社:早川書房
価格:¥920(税別)

慟哭のラストに絶句!「検察側の罪人」

「火の粉」「犯人に告ぐ」「犯罪小説家」「クローズド・ノート」など話題作を
描きつづけている、雫井さんの新作は『検察側の罪人』(文藝春秋)。
意味深なタイトル。読み進むんでいくと、その意味が徐々に理解できます。
でもそれがわかったとき、背筋が凍ります。
普通に信じていたものがもろく崩れ去っていく・・・そんな感じ。

検察罪人

東京地検のベテラン検事・最上のもとに教官時代の教え子、
沖野が配属されてきた。最上は沖野の正義感をかっていた。
まっすぐで曇りのない目で物事を見つめる沖野は検事に
向いていると思った。
そんなとき、老人刺殺事件が起きる。
捜査にたちあった最上は、一人の容疑者の名前に憶えがあった。
すでに時効となった殺人事件の重要参考人と当時目されていた
人物だったのだ。この男が今回の事件の犯人ならば、
最上は今度こそ法の裁きを受けさせると決意するが、沖野が
捜査に疑問を持ち始める。

ここから「検察側の罪人」の意味が徐々に分かり始める。
‘罪人’とはいったい誰を指すのか?
事件の行方は予期せぬ方向へと繋がり、最上と沖野の
対決は激しさを増してゆく・・・。
そして、一点の曇りのない検事としての正義を貫こうと
していた沖野が悟った正義とは・・・正義とはいったい何なのか!?
沖野の咆哮が心を貫く・・・。
読んでいる側も、沖野とシンクロし、真の正義とは
いったい何なのか?問われたままで終わるのだ。
だからいつまでも心に残る・・・。
雫井さんの作品の素晴らしさはそこにある。

『検察側の罪人』
著者:雫井脩介
出版社:文藝春秋
価格:¥1,800(税別)
   文庫版 上巻:¥650、下巻:¥630(税別)

史上初の推理小説「モルグ街の殺人」が凄く面白い!

仕事の関係で古典名作を紹介してくださいと依頼され、
ミステリー好きのはまさきが‘これだ!’と思って紹介したのが
エドガー・アラン・ポー『モルグ街の殺人・黄金虫』(新潮文庫)
でした。読んだのは高校生のときで、真犯人が衝撃だったので、
そこだけはしっかりと覚えていたのですが、その過程をすっかり
忘れてしまっていたために、紹介するにあたり再読しました。
ついでに、収録されていた他の短編も読みました。
読み終わった後は「こんなに面白かったのか・・・」と
再確認したのでした。

モルグ街

「モルグ街の殺人」は推理小説としてはあまりにも有名。
主人公のオーギュスト・デュパンなる人物が、パリで起きた
残虐な母娘殺人事件を、現場・遺体の状況、隣家の聞き込み
等から論理的に分析・検証し事件の真相を明らかにするというストーリー。
警察はすでに犯人を絞り込んでいたが、全く見当違いの
推理だったため、下手をすると誤認逮捕という危うさ。
事件の真相を明らかにする過程は見事で、納得の分析力。
そういう過程も非常に面白いが、真犯人に度肝を抜かされる。
それこそまさに驚愕の展開と衝撃の真相?!
史上初の推理小説は、現代の推理小説と比較しても
全く遜色なく、ミステリーの醍醐味を堪能できる。
オーギュスト・デュパン。彼こそ後の数々の‘名探偵’たちの
祖である。

他には初の暗号解読小説『黄金虫』。
この作品の暗号解読できるか!?(難しかった!)
そして、無実の人間を犯人に仕立て上げるトリックの数々
を披露した「おまえが犯人だ!」は強烈なインパクト。

史上初の推理小説、暗号解読小説をこれでもか!!
と堪能できる1冊。

『モルグ街の殺人・黄金虫』
著者:エドガー・アラン・ポー著/巽孝之訳
出版社:新潮社(新潮文庫)
価格:¥490(税別)

「バチカン奇跡調査官」最新作は感動もの!

大好きなシリーズ「バチカン奇跡調査官」の最新作が発売されました。
『バチカン奇跡調査官 終末の聖母』です。
今回の奇跡調査の舞台は、神秘あふれるメキシコのグアダルーペ。
平賀とロベルトの前にどんな奇跡が待ち受けているのか?

バチカン⑦

バチカンでは、前代未聞の出来事が起こっていた。
老齢を理由に法王が自ら職を辞したのだ。
これにより、急遽、法王選出のコンクラーベが行われることになった。
そんな頃、奇跡調査を担当する、天才科学者・平賀と
暗号解読のエキスパート・ロベルトは、有名彫刻家の作品の
除幕式に出席するため、メキシコのグアダルーペ寺院を訪れていた。
だがその時、法王候補の名が刻まれた彫刻が音もなく空中に
浮かび上がり、光輝く神の道が出現!
神の奇跡を間近に観た観衆は喜びに沸いた!
しかし、二人は、コンクラーベのタイミングで奇跡現象が起こった、
法王候補に疑惑の目を向ける。
そして二人の奇跡調査が始まった・・・。

現実でも、メキシコ、中南米と言えば、数々の奇跡現象が起こる場所として有名だ。
人間には計り知れない何かがあるとしか思えない。
そんな場所を舞台に、平賀とロベルトは、科学調査を行う。
どんなに詳しく調べてみても、空中に浮いた彫刻にはなんのトリックも
施されていないのだ。
奇跡現象の秘密は、アステカの伝説にあるのではないか、そして
黒い聖母に秘められた真実を追う。

今回の二人は事件に巻き込まれたというより、
事件に巻き込まれた人々を助けたことによって、奇跡現象の
秘密に近づくといった物語。
そして、今回は伝説を科学的に検証するシーンが続く。
科学や物理学が苦手な人は難しいかも知れない。
はまさきもそっち系はほとんどわからない。
だが、伝説を紐解くことによって、アステカ・インカ帝国、
等々が現代で言う科学・物理学を駆使していたのか?
が語られている。
すべてそういうものを超えた、宇宙の神秘?
科学も物理学も神のなせる業?という結論に至るのでないか?
人間の思惑などそれらの前では塵にもならない。

この「終末の聖母」は、本当に‘神’の意志を感じる物語。
読み終わったあとに鳥肌がたってしまった・・・。
時間があればもう一度読みたい!すごい。

もうひとつ今回のお楽しみは、新キャラクター登場だ。
平賀の良きパートナーでハッカーの天才・ローレンが
バチカンから消え、その代わりに、インド人の
チャンドラ・シン博士が登場するが、この人物も謎に
包まれていて、とても興味深い。
この後、二人にどう絡んでいくのかが楽しみ。

『バチカン奇跡調査官 終末の聖母』
著者:藤木稟
出版社:KADOKAWA(角川ホラー文庫)
価格:¥800(税別)

「警視庁殺人分析班」第2弾は推理が際立つ!

「警視庁殺人分析班」シリーズ第2弾が文庫化されました。
第1弾「石の繭」は圧巻の事件!犯人と直接対決した、主人公・如月塔子の勇気に
感動!ハラハラ・ドキドキの連続でした。

このシリーズは、警視庁刑事部捜査一課十一係のなかでも門脇警部補が
呼びかけた五人の仲間が、飲みながら事件の行方を推理するという
ちょっと変わった警察小説。
彼らが自称する「殺人分析班」の活躍が読みどころ!

第2弾「蟻の階段」はまさに‘推理する事件’。

蟻の階段

変死体発見の通報を受けて、門脇以下、いつものメンバーが
事件現場に到着。だがその現場は非常に奇妙だった。
頭蓋骨に白い花、掛け時計にスープ皿。
テーブルの上の惨殺遺体を囲むように置かれた謎めいた
品々・・・。絵画を模したかのような現場を作り、
さらに、「過去の亡霊」を名乗って、元警察官の
自宅に電話をかけてきた犯人。
犯人の意図が読めない。
犯人は何者なのか?過去に加賀見が逮捕したことがある
男だというが・・・・。
如月塔子ら、殺人分析班のメンバーとさらに警察OBの加賀見も加わり、
事件の行方と犯人を推理する。

絵画を模した奇妙な現場が出てくることから、
美術についての記述がとても興味深かった。
絵に興味があれば面白いと思う。

如月ら殺人分析班の推理によって暴かれた真実。
犯人の歪んだ想いが、猟奇的殺人へと導いた。

シリーズを読み続けていくと、主人公・如月塔子の
魅力にはまる。一見、平凡な26歳の女性だ。
しかし、彼女に見えているのは、きっと人間の
心の奥にある‘何か’だ。
そこの部分を救い上げる周りのメンバーも良い感じで
描かれていて、誉田哲也さんが描く、
「ストロベリーナイト」の姫川班とはまた違う味がする。
日本の警察小説にまた新たなヒロイン誕生が嬉しい。

このあと続々文庫化予定。

『蟻の階段 警視庁殺人分析班』
著者:麻見和史
出版社:講談社
価格:¥660(税別)

ドイツの凄いミステリー小説発見!「白雪姫には死んでもらう」

読み終わったあと、思わず「面白かった~」とつぶやいてしまった。
北欧ミステリーもかなり面白い作品がありますが、ドイツのミステリーも
凄いです。人間描写が半端なく凄い!

白雪姫

11年前に、ドイツの小さな村で起こった、少女連続殺人事件の犯人として
逮捕された青年・トビアスは刑期を終え故郷に戻ってきた。
そんな頃、空軍基地跡地の燃料貯蔵槽から人骨が発見された。
検屍の結果、11年前の連続少女殺害事件の被害者・ラウラだと判明。
トビアスは、村に戻り、父親と再会を果たす。トビアスが
犯人として逮捕されたことがきっかけで、父親は母親と離婚し、
繁盛していたカフェを閉め、農場の手伝いをして生活していた。
みじめな有様になった、父親の姿を見てトビアスは
自分が冤罪だったことを村の人たちに再度アピールした。
だが、トビアスは何者かに暴力を振るわれ、離れて暮らす
母親は、歩道橋から突き落とされてしまう。
しかし、トビアスが村に戻ったことで、11年前に起きた
事件の真相が徐々に明らかになっていく・・・・。
捜査にあたるのは、主席警部・オリヴァ―と同僚の警部・ピアだ。
刑事の二人もプライベートでは問題をたくさん抱えている。
特に主席警部・オリヴァ―は、妻の不倫を疑い、悩み続けていた。

この作品は人間描写がとても強烈だ。
二人の刑事を始め、個性的な村人たちが多く登場する。
村を牛耳るテアリンデン家、傲慢な女医と文化大臣の夫。
テアリンデン家の双子の息子たち。
トビアスの幼馴染で女優のナージャ。美しい高校生・アメリー。

11年前に起きた事件は、現在の事件を引き起こす。
それは、人間の果てしない欲望、傲慢さ、激しい嫉妬心から
引き起こされるもの。村人たちが自ら保身に奔り
罪なき人たちを陥れていく。
人間はどこまで冷酷になれるのか?
どこまで薄情になれるのか!?

このおぞましい事件の真相をオリヴァ―とピアたちは
白日のもとに曝すことができるのか!?
「白雪姫」とはだれのことなのか!?
読み出したらとまりません。ドイツ人の名前はなかなか
覚えられませんが、そんなこと気にならないくらい
面白いミステリーです!!

『白雪姫には死んでもらう』
著者:ネレ・ノイハウス著/酒寄進一訳
出版社:東京創元社(文庫)
価格:¥1,300(税別)

復讐’をテーマに描く重厚なミステリー「灰色の虹」

貫井徳郎さんの傑作ミステリー「灰色の虹」が文庫化されました。
貫井さんの作品は、重いテーマで描かれるミステリーが多いですが、
この「灰色の虹」は読んでいて特に心に残るものでした。
無実の罪で投獄された青年が自分を陥れた者たちに復讐していく
物語です。重く哀しく、読んでいた時はタイトルにある通り
灰色のイメージでした。

灰色の虹小

身に覚えのない殺人の罪で服役することになった江木雅史。
仕事も家族も日常も全て奪い去られ理不尽な運命に翻弄される。
彼の人生は灰色に染まってしまった。
彼は自分の人生を奪ったものたちへの復讐を誓う。
奪われた人生の見返りはそれしかないと思ったからだ。
強引に自白を迫った刑事、怜悧冷徹な検事、不誠実だった弁護士。
七年前、江木雅史を冤罪に追いやった者たちが次々に殺されていく。

ひとりの刑事が被害者たちの繋がりを見出し、殺人の容疑者を
絞り込んでいく。しかし江木の行方は杳として知れなかった。
江木は行方を探す刑事たち。
次に狙われるのは誰なのか・・・・。

だが、予想外の結末はあまりに悲しく切なく、やりきれない。
「なぜ・・・こんな哀しいことがおこるのか・・?」
と思わずつぶやいてしまうほど。
読み終わった時、深い悲しみが残る・・・
慟哭の長編ミステリー。

『灰色の虹』
著者:貫井徳郎
出版社:新潮社
価格:¥890(税別)

人間を襲う!スズメバチの恐怖を描くサバイバルホラー「雀蜂」

「黒い家」で衝撃デビュー。「悪の教典」ではサイコパスの恐ろしさを
描き切った、貴志祐介さんの新作はなんと!蜂!しかも見るのも恐い、
スズメバチ!
一度スズメバチに刺された人で、アレルギーを持った人がもう一度
スズメバチに刺されると命に関わる重篤な状態に陥る。
いわゆる、アナフィラキシー・ショック状態だ。
そんな恐怖を背負った男が、スズメバチとの壮絶な死闘を繰り広げる
サバイバル・ホラー。
蜂苦手な人は恐いと思いますよ~。

スズメバチ

11月下旬の八ヶ岳の山荘で目覚めた、小説家の安斎は不気味な
羽音を聞く。それは安斎が最も聞きたくない‘蜂’の羽音だった。
過去に一度、スズメバチに刺され病院に担ぎ込まれた安斎は
医師から、もう一度刺されたら命に関わると言われていた。
安斎にとって蜂は死神のようなものだ。
しかも目の前に迫ってきたものは、死神・スズメバチだったのだ。
逃げようにも外は吹雪。通信機器も使えず、一緒にいた妻は
忽然と姿を消していたのだ・・・。
これは妻が自分を殺すために仕組んだ罠なのか・・・?
雪深い山荘になぜスズメバチの大群がいるのか・・・?
安斎とスズメバチの壮絶な死闘が始まった・・・。

蜂が人間を襲う恐怖が圧倒的な臨場感で描かれていて
眼を見張る。
登場人物の恐怖とシンクロして、蜂にさされたことが
ある人なら目の前に襲いくる蜂の大群のシーンを
読めば息を呑んでしまうことと思う。
子どもの頃に蜂にさされたはまさきも、ほんとに
恐かった。
しかも、蜂の恐怖が去ったあとは、人間の恐ろしさまで
描かれている。
クライマックスの大どんでん返しは誰が予想できるだろうか?
自然と、人間の恐ろしさを融合させ、究極の恐怖を
描きだした貴志祐介さんに脱帽!

『雀蜂』
著者:貴志祐介
出版社:KADOKAWA(角川ホラー文庫)
価格:¥520(税別)