「弧狼の血」シリーズ完結編『暴虎の牙』

昭和50年代の広島を舞台に、暴力団の抗争を
命を張って食い止めようとした刑事を主人公に
描いた「弧狼の血」、その続編「凶犬の眼」。
熱き男たちのドラマに心が震えた。
そのシリーズが新作「暴虎の牙」で完結する。

昭和57年、広島呉原。
愚連隊「呉寅会」を結成した沖虎彦は、
心の内に極道への憎しみをたぎらせ、
死をも恐れぬ圧倒的な暴力で、勢力を
拡大していった。

暴力団のシノギの現場を荒らしまくり
呉原の最大組織「五十子会」を激怒させていた。

広島北署二課暴力団係の刑事・大上章吾は、
ヤクザからも一目置かれる凄腕のマル暴刑事だ。
沖に彼なりのやり方で警告をするが、沖は耳を
貸そうとしない。

大上は、「五十子会」に無謀な闘いを挑む
沖の暴走を食い止めようと奔走する!

時は過ぎ平成16年、懲役刑を受けて出所した
沖がふたたび広島で動き出した。
しかし暴対法が施行されて久しく、
暴力団のシノギはままならなくなっていた。

時代に取り残されたような焦燥感を感じた
沖はまたもや暴走を始める。
そんな沖に目をつけたのは、大上の愛弟子で
東呉原署捜査二課暴力団係・日岡刑事だ。

大上・日岡二人の刑事は、最凶の愚連隊
「呉寅会」の沖の暴走を止められるのか!?

「極道がなんぼのもんじゃ!」「舐められたら終いだ!」
「広島を制覇する!」
自らを鼓舞し、すさまじいまでの暴力の世界で
生きる沖虎彦。彼がなぜそこまで極道に
憎しみを抱き、自信が広島を牛耳る!という
無謀な野望を持つにいたったのか?
沖の過去がそれを物語る。

暴力は絶対にいけない。しかしこういう風にしか
生きられない沖の姿に切ない思いを抱いてしまった。
何とか止めてほしい!とずっと思いながら読んでいた。

さらに、大上刑事の妻と娘の悲劇、
大上の魂が乗り移ったかのような日岡刑事の捜査。
物語すべてが、シリーズ完結編にふさわしい、屈指の傑作!

『暴虎の牙』
著者:柚月裕子
出版社:KADOKAWA
価格:¥1,800(税別)

過酷な運命を背負う刑事を描く!『ブラッド・ロンダリング』

吉川英梨さんといえば人気の警察小説
シリーズが何作もあります。
「警視庁53教場」、「新東京水上警察」
「警部補・原麻希」「十三階の女」。
どのシリーズも面白くてはまります。
シリーズ1作目を読んでしまうと、
次から次へと読みたくなるのです。

また、シリーズでない作品は、社会的
メッセージが強いかなと感じます。
「雨に消えた向日葵」は少女誘拐事件を
通して、日本社会の病理に斬り込み、
心が揺さぶられました。

そして、最新作『ブラッド・ロンダリング』は、
過酷な運命を背負わされた人たちの悲痛な叫びが、
胸に響きます。

警視庁刑事部捜査一課に新人刑事が配属された。
彼の名前は、真弓倫太郎。父親も祖父も警察官。
しかし、彼には絶対に知られてはならない秘密があった。

その日、マンションの駐車場の車に真っ逆さまに
突き刺さった死体が発見された。
男の身元はすぐに判明。雑誌記者で、遺書が
遺されており自殺と断定される。
しかし、遺体の靴に残っていた塗料が気になった
警視庁刑事部捜査一課の二階堂汐里は
事件性があると感じた。

汐里は、なかなか心を開かない倫太郎を気遣う。
そして、グイグイと捜査に引っ張り込む。

記者の周囲を探っている内に、ある人気女優の
スキャンダルを追っていたことが判明する。
そして、女優が所属する芸能事務所では最近に
なってその女優のマネージャーが辞めたことが
わかった。
だが、そのマネージャーも自殺死体で発見される!

事件性ありと見た汐里たちは、本格的に捜査を
開始。やがて一つの集落を消滅させた凄惨な
大火事にたどり着く。

都会で起きた二つの変死事件、
かたや、奈良の限界集落で起きた自殺事件。
そして過去に起きた凄惨な火災事件。
三つの事件が繋がった時、あまりにも哀しい
真実が浮かび上がる・・・。

捜査の過程で発覚した、大火災事件。
加害者家族が背負ったあまりにも過酷な運命。
どこに行こうと必ず暴かれる。逃げ場はない。

また、不可解な行動を続ける新人刑事・真弓倫太郎。
一体彼はどんな秘密を抱えているのか?
倫太郎が語った「僕は刑事になってはいけない」
という言葉の意味は?

婚約者を殺され心に深い傷を持つ、汐里。
今だ癒えぬ哀しみと苦しみを抱えつつ、
仕事を続けている。それを周囲に悟られぬように
男っぽく振る舞うが、本当は優しさに満ちている。

そんな汐里に好意らしきものを抱く倫太郎だったが…。

ブラッド・ロンダリング──
過去を消し去り、自らの出自を新しく作りかえる血の洗浄。
そこまでしなければならないほど、この国の
加害者家族は生きられないのか?
本人には何の罪もないのに!?
その怒りが、痛みが、叫びが心にガツンと響く。

歪み切った正義に支配された今の日本。
それが、どれだけの人を傷つけているのだろうか?
そんな中でも、傷ついた人の心に寄り添う
優しさが随所に描かれている。

ラストに汐里たちの上司・柿内が、悩む倫太郎に
かけた言葉にしびれた!!
この物語の終わりにふさわしい思った。

『ブラッド・ロンダリング 警視庁捜査一課殺人犯捜査二係』
著者:吉川英梨
出版社:河出書房新社
価格:¥1,600(税別)

CWA賞、ガラスの鍵賞ほか受賞!凄い北欧ミステリ「許されざる者」

先週1週間の空き時間(バスや待ち時間)で
海外ミステリーを1冊読み切りました。
スウェーデン作家、レイフ・GW・ペーション著
『許されざる者』(創元推理文庫)です。

海外ミステリーの主要な賞(CWA賞、ガラスの鍵賞など)
5冠を達成したミステリー小説です。

国家犯罪捜査局の元敏腕捜査官・ヨハンソンは
定年後年金暮らし。
元職場の近くにあるスウェーデン一と評される
ホットドッグの屋台で後輩たちをねぎらう日々を
送っていた。

その日もいつもと変わらず屋台に寄り、
最高級のホットドッグを食べるつもりだったが、
突如脳に異変を感じその場に昏倒した。
脳梗塞だった。

一命はとりとめたが半身麻痺が残った。
そんなヨハンソンは彼の主治医から
ある驚くべき相談を受ける。
牧師だった父が25年前に起きた9歳の
少女が暴行の上殺害された事件の
犯人について懺悔で聞いたというのだ。

だが、事件はすでに時効になっていた。
ヨハンソンは相棒だった元捜査官や介護士を
遣い、事件を調べなおすことに。

当時、事件の初動捜査が遅れ、さらに無能な
担当責任者が災いして、迷宮入りしていた。

どこの国にも無能な警察官はいるが、
そういう警察官が捜査責任者になったりする。
迷宮入り、冤罪が生まれる原因だ。

ヨハンソンはこの事件の当時の責任者の
名前を聞いて無理もないと思った。

しかし、可哀そうな9歳の少女のために
何としても犯人を見つけ出し報いを受けさせる!

ヨハンソンが探偵役となり、集めた報告書や
当時の調書を読み込み、そこから真犯人に迫ってゆく。
病と闘いながら、事件の真相に迫る姿は
鬼気迫るものがある。

しかし、彼を心から気遣い、そして敬愛の念を示す妻や
刺青とピアスだらけだが仕事のできる女性介護士、
そして、ヨハンソンの兄から紹介を受けたロシア人の
助っ人などがヨハンソンの心を癒してゆく。

重いテーマだが、ユーモアあふれる会話と
魅力的なキャラクターが物語を盛り上げている。

この作品がとても面白かったので、次は
「見習い警官殺し上下」に挑戦!

『許されざる者』
著者:レイフ・GW・ペーション
出版社:東京創元社
価格:¥1,300(税別)

定年まであと8年!事件を呼ぶ男、ベテラン刑事・岩倉剛シリーズ最新作「迷路の始まり」

堂場瞬一さんの警察小説新シリーズ第3弾
「迷路の始まり ラストライン3」を読了。

定年まであと8年のベテラン刑事・岩倉剛。
突出した記憶力の持ち主。
そして行く先々で事件が起こる。
通称「事件を呼ぶ男」。
しかし、彼の能力と鋭い刑事の勘で、
迷走しかけた捜査に解決の道筋が見えてくる。

南大田署管内で、殺人事件が発生した。
殺された男は、精密機械メーカーに
勤務する、島岡という男だった。
初動の捜査では事件の発端になるものは
見つからず、通り魔事件ではないかという
見方に傾いた。

警察にとって通り魔事件ほどやっかいな
事件はない。岩倉とコンビを組んだ
捜査一課の顔見知りの刑事・田澤は、岩倉に
思わず「嫌な事件ですね」とつぶやく。

通り魔事件だとしても被害者にの身辺調査
は必要だ。田澤と二人で念のため潰すべき
事柄はすべて潰しておかねばならない。

捜査の過程で次第に明らかになる被害者の素顔。

そんな時、新たに殺人事件が起こる。
目黒中央署管内で発生した事件の被害者は、
シンクタンクに勤めつつ、経済評論家としても
テレビに出演している、藤原美沙という女性だった。

岩倉たちが島岡の女性関係を調べていると
藤原美沙と接点があることが浮上してきた!

その件を上司の柏木に進言したが、あくまでも
通り魔事件にこだわる柏木。

ところが捜査が進展し、二人の関係が明らかに
なると合同の捜査本部が設置された。
捜査本部内では岩倉の意見と捜査本部内の
意見が対立。岩倉は捜査から外されてしまう。

しかし、岩倉は逆にチャンスととらえ独自に
捜査を進める。
事件の真相が徐々に明らかになる中、
得体の知れない組織が浮上してきた。

岩倉が真相を突き止めようと必死に捜査する
過程で図らずも掘り当ててしまったもの・・・。
それは一体何なのか?
その不気味さにざわつく・・・。

タイトルの通り、迷走しそうな予感。

今回の上司・柏木は岩倉に対して何らかの
思いを抱いている。「うわ!器、小さい!」
と思ってしまった。出来る男は上司に煙たがられる。
その描き方が本当にリアル。

堂場作品ファンならば、多分すぐにわかる!
他のシリーズの登場人物が度々顔を出す。
(主にスマホの会話だけど)このおまけが良くて
毎回にやけてしまいます。

岩倉刑事の最初の相棒・伊藤彩香は機動捜査隊
に所属、頼もしく成長!さらに、今回
遠距離になった恋人・実里とはどうなるのか?

シリーズ4巻目が待ち遠しい!

『迷路の始まり ラストライン3』
著者:堂場瞬一
出版社:文藝春秋
価格:¥790(税別)

北欧ミステリーの極致!エーレンデュルシリーズ第5弾「厳寒の町」

アイスランドのベストセラー、
レイキャヴィク警察が舞台の
犯罪捜査官・エーレンデュルシリーズ第5弾
「厳寒の町」を読みました。

「湿地」「緑衣の女」「声」「湖の男」
既刊の4作品、どの作品も心に残る作品ばかり。

悲惨な犯罪小説でありながら心が震える感覚。
アーナルデュル・インドリダソンの作品は
ただ事件が起きた、捜査した、犯人が判明した、
というシンプルなストーリーだけではない、
物語の底辺にある「テーマ」に心を動かされる。

レイキャヴィクの古い住宅街で少年の
死体が発見された。年齢は十歳前後と
思われる。地面にうつ伏せになり、
体の下の血溜まりは凍り始めていた。

少年はアイスランド人の父とタイ人の
母の間に生まれた。両親は離婚し、
母親と兄と一緒にレイキャヴィクの
住宅街に越してきたのだ。

アイスランドでは移民政策に綻びが出始め
移民に対する差別が生まれていた。
少年はそんな状況の中で殺された。
人種差別的な動機が疑われ、
レイキャヴィク警察のベテラン犯罪捜査官・
エーレンデュルは、同僚のエリンボルクや
シグルデュル=オーリらと共に、少年が
住んでいたアパート周辺、通学していた学校を
中心に捜査を開始する。

少年の死という事で、教師、子どもたちにも
厳しい聴取する刑事たち。

少年はなぜ殺されてしまったのか?

エーレンデュルは、また「女性失踪事件」
という別の捜査も抱えていたが・・・。

少年の事件を捜査する物語と並行して、
今作品は、エーレンデュルの少年時代に
触れる。彼は、子どもの頃弟を喪うという
過去を持っていた。遺体も何も発見されず、
心に深い傷として残っていた。
しかし、彼の二人の子どもたちによって
改めて向き合うのだ。
また、同僚二人の苦悩するプライベート
も丹念に描かれる。

少年殺害事件で慟哭する家族、
こんな悲劇が起こってしまった社会に対する
怒り、そして戸惑い。

哀しみ、むなしさ、やるせなさが
物語を支配している…。
しかし、読まずにはいられない魅力がある。

『厳寒の町』
著者:アーナルデュル・インドリダスン/柳沢由美子訳
出版社:東京創元社
価格:¥2,100(税別)

読後、背筋がぞ~っとした!「狐火の辻」

2017年度このミステリーがすごい国内編第1位
に輝いた「涙香迷宮」。
超絶の暗号解読ミステリーをドキドキしながら
読んだが、この「狐火の辻」はホラー。
またもドキドキ・・・。

7年前に起きたひき逃げ事件
湯河原の温泉旅館街で起きた交通事故。

さらに郊外で起こった交通事故ではなぜか
車に轢かれた被害者が消えてしまった!

連続する奇妙な事故に興味を抱いた楢津木刑事は、
ネットの噂や街中で起こっている「奇妙なこと」、
・古びた洋館の裏にある沼のあたりを探検する
子供たちに、右手をよこせとなたを振りかざす怪人、
・タクシーから消えた乗客。などなどに
漠然とした繋がりを感じる。

楢津木刑事がなんとなく「繋がる」という
感を頼りに「居酒屋探偵団」なるものが
結成された。
そして楢津木は、18歳でIQ208の本因坊
という天才棋士・牧場智久を引き入れる。

都市伝説か?怪談話か?
次々と語られるストーリーが恐怖を煽り、
背筋がぞわ~っとしてくる。
この一見なにも繋がりがなさそうな話、
何がどうなっているの?
絡まった糸みたいな事件の数々。
しかし、名探偵・牧場智久のアドバイスを
受け、楢津木たちが調査してゆくとやがて
事件の構図が見えてきた!

都市伝説・怪談話がリアルな事件の
真相に繋がってゆく。
しかし、そのつながり方が偶然とは
片付けられない、因縁めいた、何か
大いなる意思が働いているとしか
思えない!

その描き方が実に巧妙で、読んだ後
物語を頭の中で整理したとき、
ものすごく怖くなった!

『狐火の辻』
著者:竹本健治
出版社:KADOKAWA
価格:¥1,700(税別)

「ジェリーフィッシュは凍らない」のマリア&漣シリーズ第2弾「ブルーローズは眠らない」

鮎川哲也賞受賞作「ジェリーフィッシュは凍らない」が
あまりにも面白かったので、第2弾の
「ブルーローズは眠らない」も読みました。

「ジェリーフィッシュ~」に登場した、
刑事コンビ、マリア&漣。型破りな女性刑事
マリアとスマートな日系の漣。
王道のミステリー展開に、二人の魅力がプラス
して面白いことこの上ない!

ジェリーフィッシュ事件のあと、閑職に
回されたフラッグスタッフ署の刑事・
マリアと漣のもとへ、フェニックス署の
バロウズ刑事から、不可能とされた
青いバラを同時期に作出した、テニエル博士と
クリーヴランド牧師の捜査を依頼される。

ところが、二人の面談を終えたのち、
バラの蔓が外壁中にからまった
温室の中で切断された首が見つかった!
ドアは頑丈に施錠され、窓も蔓だらけ。
いわゆる密室状態だった。

この事件から遡ること、1年前に
フェニックス署管内で火災事件が発生し、
その現場からある日記が発見された。
そこには青いバラに関する記述があった。

両親の虐待に耐えかね逃亡した少年は
遺伝子研究を行うテニエル博士に保護された。
少年は博士の助手となり暮らし始めるが、
屋敷内に潜む不気味な「実験体七十二号」
の影におびえるのだった・・・。

不可能とされた青いバラの同時期の作出、
密室殺人、
青いバラ作出にまつわる1年前の手記。

これらを繋ぐ鍵とは一体何なのか?
マリアと漣は推理を重ね、ある仮説にたどり着く!!

この作品も「ジェリーフィッシュは凍らない」に
負けず劣らず、緻密な設定にうなる。
ホラーテイストも加味され、謎は深まるばかりだ。

計算しつくされた、神業的なミスリード技術は
驚嘆に値する!
見事なまでに騙される!

本格ミステリを存分に堪能できる1冊。

『ブルーローズは眠らない』
著者:市川憂人
出版社:東京創元社
価格:¥780(税別)