若者たちの悲痛な叫びが心に響く。『彼女はひとり闇の中』

天祢涼さんの『彼女はひとり闇の中』
(光文社)読了。
今を生きる若者たちの生きづらさが
浮き彫りに・・・。悲痛な叫びが
リアルに心に響く。

10月のとある日曜日、日吉に住む大学生の千弦は、
家の近くの小道で、若い女性が刺殺されたことを
知る。

千弦は事件の夜に幼馴染の玲奈からLINEが
送られてきたことに気づく。
「相談したいことがあるから電話していい?」
というメッセージだった。
未読のまま放置していたので、気になって
玲奈に電話かけるがつながらず、LINEに
謝罪メッセージを入れたが既読にもならない。
不安になった千弦は現場へ行くが被害者の
情報は得られなかった。

そして昼過ぎに大学の仲間からのメッセージで、
殺された女性が玲奈だと知った。
玲奈が殺された時刻、千弦は仲間と飲み会で
楽しく過ごしていたのだ。それを考えると
居ても立っても居られなくなり、千弦は
事件の真相を探ることを決意する。

千弦は、玲奈が参加していたゼミの教官・葛葉
に話を聞いた。しかし葛葉の態度に不審を抱いた
千弦は玲奈が問題を抱えていたことを確信する。
玲奈の事件を調べると、千弦を尾行する何者かの
姿を感じる・・・。

事件の背後にはいったい何があるのか・・・?

二重三重に仕掛けられた伏線に翻弄される。
そして、主要な人物とは違う不気味な第三者の
影がちらつくと、物語はますます不穏な
雰囲気にまとってゆく。

そして、千弦が辿り着いた真相に心がざわめく。
現代社会が抱える大きな闇。
そこにからめとられた若者たちの声なき叫び。
どうか、救われて欲しい。
届いて欲しい。
そう思わずにはいられない・・・。
読む者の心を抉る、社会派ミステリー。

『彼女はひとり闇の中』
著者:天祢涼
出版社:光文社
価格:¥1,870(本体\1,700+税)

腕貫探偵がリモート相談。「異分子の彼女 腕貫探偵オンライン」

西澤保彦さんの大人気!腕貫探偵シリーズ
最新作が発売に!!!
コロナ禍を背景に、腕貫さんも
リモートで市民の相談に応えます!
「異分子の彼女 腕貫探偵オンライン」
(実業之日本社)読了。

時はコロナ禍。タクシー運転手の俺は、
櫃洗空港から乗車してきたおばあちゃんを
乗せて走っていた。
そんな時、ラジオから気になるニュースが
流れてきた・・・。
61歳の男が介護問題でもめて妻を殺害!?
名前を聞いて驚愕した!
34年前、結婚式当日に殺された友人の
嫁になるはずだった女が、これまた俺の
友人の男と結婚しその男に殺された!?と
いうのだ!
34年前の事件を思い出しモヤモヤする俺。
ご当地キャラ人形のテレビ画面でZOOMを
使うサポート窓口の担当者に相談することに・・・。
彼とのやりとりでだんだんと当時の記憶が。
そしてとんでもない事実に突き当たる!?
【異分子の彼女】

自分の息子が叔父を殺害し、困惑する私は、
櫃洗市市民サーヴィスがオンライン相談を
受けていると知り、その窓口の男に話してみた。
私は、先日叔父のマンションへ行った際、
知り合いの女性の遺体を見つけた。
だが再度マンションに戻ってみたら、
違う女性の遺体と入れ替わっていた。
いったいどういうことなのか・・・?
どこにいてもウイスキーの入ったスキットル
を手放せない私は、窓口の男からの
質問に答えていった・・・。すると
男の的確な指摘で事件の様相が浮かんできた。
え~ッ!そういうことだったのか・・・。
【焼けたトタン屋根の上】

15年前にあるマンションの一室で起こった
無理心中事件。
死んだ男性の方と不倫関係にあった、従弟の母親は
事件の当事者ではなかったが、夫の逆鱗に触れ離婚。
当時、中学生だった従弟はその一室で受験勉強を
していたが・・・。
無理心中事件について、俺は従弟と夜通し
話をしていた。
無理心中事件が起こったさらに十年前、つまり
25年前からの気になっていたことを市民サーヴィス課
のオンライン窓口の男性に相談してみた・・・。
あまりにも複雑すぎて自分でも何を言っているのか
わからないが、男性はきちんと把握し核心をついてきた・・・。
【そこは彼女が潜む部屋】

三つの中編が収録されたミステリ集。
見た目はロボットみたいな腕貫探偵、しかし
鋭い洞察力と、卓越した推理力で事件を解決する
王道の安楽椅子探偵もの。

複雑怪奇、絡みに絡んだ人間関係と事件の様相を
一つ一つ丁寧に、そしてロジカルに解きほぐし、
事件の真相を導き出す。

「腕貫探偵」シリーズ第1巻目の時の衝撃再び!
腕貫さんと相談者の二人の会話で謎がどんどん
解明されてゆく、そのドキドキ感と面白さが
十分堪能できる、シリーズ最新作!

『異分子の彼女 腕貫探偵オンライン』
著者:西澤保彦
出版社:実業之日本社
価格:¥1,760(本体¥1,600+税)

「虫」をテーマにした短編ミステリー「蝉かえる」

第74回日本推理作家協会賞と第21回本格ミステリ大賞を
W受賞した、連作ミステリー。
櫻田智也さんの「蝉かえる」(創元推理文庫)を読了。

全国各地を旅する昆虫好きの心優しい青年・魞沢泉。

震災のあった場所で、昆虫食を研究している
人たちの出会う。
そんな中、魞沢は、16年前災害ボランティアで
出会った青年と再会する。
災害時、行方不明になった少女を神社で見かける。
少女は幽霊だったのか・・・?
【蝉かえる】

女子高生の事故と、アパートの入り口で
倒れていた女性。母娘の二人が同時に事故!?
二人の間には何があったのか?
たまたま公園でその少女を見かけた魞沢は、
じっと考える。
【コマチグモ】

高原のペンションに宿泊することになった
魞沢は、そこへ向かう途中で親切な
外国人男性を見かける。
ペンションで再会し、親交を温めた。
ところが翌日その外国人の遺体が発見される。
魞沢は、その遺体を見てあることに気づく。
【彼方の甲虫】

昆虫好きの少年・魞沢からある雑誌の編集者に
連絡が入った。
その編集者が懇意にしていた、昆虫好きの青年が
行方不明になったという。
魞沢はその男性と仲が良く、何かあった時は
連絡してくれと言われていたらしい。
二人は男性の行方を追う過程である疑惑に
突き当たる。
中学時代の魞沢がとても可愛いけれど、まだ
中学生なのに妙に達観しているところがすごく切ない。
【ホタル計画】

国境なき医師団で仕事をしていた魞沢の
友人が帰国した。
久しぶりに友人に会った魞沢は、疲れ果てた
姿に違和感を抱く。
彼は密かに「アフリカ睡眠病」を引き起こす、
ツェツェバエを日本に持ち込んでいた・・・。
【サブサハラの蠅】

魞沢泉のとぼけた感じの名探偵っぷりが
とてもやさしくて温かい印象。
悲しい結果になったとしても、
それを静かに受け止める魞沢の
心の深さに癒される。

昆虫の生態を引用し、物語の伏線として
さりげなく組み込まれていてとても面白い。
ただ、魞沢が解き明かした真相は、いつも
人間の悲しみや、愛おしさを秘めていて切ない・・・。

『蝉かえる』
著者:櫻田智也
出版社:東京創元社(文庫)
価格:¥814 (本体¥740円+税)

反転の妙!「鬼の話を聞かせてください」

木江恭さんの「鬼の話を聞かせてください」
(双葉社)読了。

初読みの作家さんで、ホラーっぽいタイトル
に惹かれ読み始めると、まったく違う
世界に誘われた。
あまりにも面白い!読んでる途中でも
もう面白すぎてワクワクが止まらなかった!

フリーライターの霧島は、SNS上で
「現代の都市伝説」特集を組むため、
「鬼の話を」を募集した。
意外にも多く集まった鬼の体験記。
その中の3件を取材することに。
霧島の代理で体験者に取材を行ったのは、
カメラマンの桧山という男だった・・・。

ある女性は、子どもの頃に母に連れられて
初めて祖父の家を訪ねるが、母と折り合いが
悪かった祖父は、翌日納戸で首を吊って
死んでいるところを発見される。
女性はたまたま夜の庭で祖父の部屋に映る
人影を見てしまっていた・・・。
【影踏み鬼】

カラースプレーで町中に奇妙な落書きをしていた
「色鬼」。その後、発見された少女の遺体は、
全身スプレーまみれだった。その第一発見者は
警察官だった・・・・。
【色鬼】

老人が語る六十年前の不思議な事件。
嫉妬に狂った女が、男とその恋人を斬り殺し
家に火を放つという事件があった。
後に「鬼女」と呼ばれた犯人はその老人の
妹だった・・・。
【手つなぎ鬼】

サラリーマン時代の霧島が遭遇した事件。
編集長に取材を命じられたのは、ある転落事故。
霧島はありふれた転落事故と思っていたが、
遺体のそばには少年の写真を入れたアルバムが
落ちていた。被害者にこどもはいないはず・・・。
【ことろことろ】

鬼に関わる霊的なホラーテイストの
物語かと思ったが、まさかの展開!
取材者・桧山は、投稿者が話す不思議な物語を
「ロジカルに、机上の空論、推理ゲーム」と
断って推理を展開する。
その息をのむほど鮮やかな謎解き!
それまで語られた話は何だったのか?
絶妙な「反転」に、事件の真相が暴かれる!

第一話から強烈なパンチを喰らったような感じ。
面白過ぎるミステリー。
やられました!!!

『鬼の話を聞かせてください』
著者:木江恭
出版社:双葉社
価格:¥1,760 (本体¥1,600円+税)

博士号を持つ異色のノンキャリ・沢村依理子刑事シリーズ第2弾「数学の女王」

第67回江戸川乱歩賞を受賞した伏尾美紀さんの
「北緯43度のコールドケース」(講談社)
第2弾「数学の女王」読了。

前作以上に面白かった。
沢村依理子刑事の凛としたかっこよさが際立つ。

博士号を持ちながら、30歳で北海道警察の
警察官となった沢村依理子は、その異色の
経歴ゆえ、道警では少し浮いた存在だ。

所轄の強行犯係から道警本部の警務部へ
異動になった依理子は、この人事に
疑問を持っていた。
それはある出来事により監察官室から
目をつけられているからだ。

そんな中、新設されたばかりの大学で、
爆破事件が発生した。
学長の「桐生真」宛の荷物を学長秘書の
女性が受け取り爆発。その女性と
近くにいた女子学生が犠牲になってしまった。

この事件を機に、警務部付きで捜査一課に
異動となった依理子。
ところが、爆破事件の捜査は一向に進展せず、
テロ事件ではないかとの疑いも出てきた。
そして、公安との駆け引きの中で捜査を進めることになった。

ある事情で、依理子は突然班長を任されることに!
異色の経歴、さらに新参者の女性刑事だ。
そんな彼女に対し、班員たちは心中複雑な思いだった。

しかし、依理子の真摯な捜査態度を見た
班員たちは次第に依理子に心を開き始める。
そして捜査が進むと、ある重要人物が浮上してくる。

爆破事件の犯人の目的は一体何なのか・・・・?

捜査は一点に絞られたが、依理子は違和感を感じる。
彼女の鋭い洞察力であることに気づくと
事件の真相は一転する。
さらにチーム内のスパイまで炙り出す。

大学研究室という閉じられた空間で根強く残る
アカハラ、性差による無言の圧力。
己の才能に溺れ視野狭窄に陥った天才の末路が
痛々しい。
それによって、依理子の過去の因縁も明らかになる。
現代の大学の闇にも迫った警察ミステリー。

様々な葛藤の中、男性優位の組織で性差を超え、
凛として自分の職務を全うする、
ヒロインの姿に清々しさを感じた。

『数学の女王』
著者:伏尾美紀
出版社:講談社
価格:¥1,925(本体¥1,750+税)

海外ミステリーの面白さが詰まっている!「ストーンサークルの殺人」

最近話題になっている、M・W・クレイヴン
「ストーンサークルの殺人」
(ハヤカワ文庫)読了。

500ページ超の大作なのに、長さを全く
感じさせないテンポで読めた。
翻訳がとにかく読みやすい。
英国推理作家協会賞最優秀長篇賞ゴールドダガー受賞作。
それも納得の面白さだった。

国家犯罪対策庁(NCA)の重大犯罪分析課に
所属するワシントン・ポーは、大失態を犯し、
現在停職中だ。

一方、カンブリア州内のストーンサークルで
年配の男性が焼き殺されるという残虐な
連続殺人事件が発生していた。

猟奇的なな犯行を繰り返す犯人を、マスコミは
「イモレーション・マン」と名付け連日報道していた。
犯人は大胆な手口で犯行を重ねながらも、用意周到で
捜査は難航。
カンブリア警察署は、重大犯罪分析課に協力を仰いだ。
そして三人目の被害者の胸にポーのフルネームと
数字の5が刻み込まれているのが判明!

ポーの部下だった、ステファニー・フリンが
事件の詳細と彼の停職処分が解けたのを伝えに
やって来たのだ。

ポーは自分がなぜ狙われるのかわからないまま
捜査を開始するが・・・。

犯人はなぜ年配の男性のみを狙うのか?
ストーンサークル にはどんな秘密があるのか?
残虐な殺害方法は怨恨なのか?
ポーは本当に5人目のターゲットなのか?

無差別と思われていた事件だったが、捜査が進むにつれ
殺された男たちはみな名士とされる者たちだと判明する。

この作品、ワシントン・ポーの他に魅力的な人物が登場する。
分析官のティリー・ブラッドショー。
ちょっと浮世離れしているが、頭の良さはハイレベル。
データマイニングで高い能力を発揮し、分析課の
中で徐々に頭角を現す。ポーもティリーも
不器用で人付き合いは苦手。
そんな二人のコンビネーションが事件解決に一役買う。
この二人が徐々に信頼し合っていく関係性が読んでいて
ホッとする。

ワシントン・ポーシリーズ第1弾。
海外ミステリーの面白さ、醍醐味がたくさん
詰まっている。
「ブラックサマーの殺人」「キュレーターの殺人」
と続く。

『ストーンサークルの殺人』
著者:M・W・クレイヴン/東野さやか訳
出版社:早川書房
価格:¥1,298(本体¥1,180+税)

鮮やかなあだ討ちの裏に隠された秘密とは!?「木挽町のあだ討ち」

第167回直木賞にノミネートされた「女人入眼」を
描いた永井紗耶子さんの新作
「木挽町のあだ討ち」(新潮社)読了。

感動・感涙の時代小説ミステリーでした。
既刊本が直木賞にノミネートされるのは
納得のリーダビリティの高さで時間を
忘れて読みました。

江戸の町が白銀に染まった、ある雪の夜、
芝居小屋のすぐ近くで、見事なあだ討ちが
成し遂げられた。
美しい若衆・菊之助はその夜、女物の着物を
羽織り、父親を殺めた下男を待ち伏せする。
そして、一閃!下男の首を斬り、血まみれの
首を高々と掲げた。
その雄姿は多くの人に目撃され、木挽町の
語り草となった。

二年後、菊之助の縁者だという一人の侍が
芝居小屋で働く人たちに仇討ちの詳細を
訪ねてやってきた。

「あのあだ討ちを見たかって?ええ、
見ましたよ・・・」
詳細を語る時の芝居小屋の面々は誰もが
その時の感動を口にする。

かつて菊之助が世話になった芝居小屋の関係者たち。
木戸芸者・殺陣師・衣装係・小道具・筋書・・・。
その現場に居合わせた人々が自身のこれまでの人生と
あだ討ちの詳細を織り交ぜながら語る、仇討ちの顛末。

見事に父のあだ討ちを成し、無事に故国へ帰り
父の跡を継いだ、菊之助。
彼を支えた芝居小屋の者たちのドラマは、感涙の
ストーリーだ。
彼らの生き様を読むだけでも時代小説として成立
するのに、ここからさらに前代未聞の展開が待っている。

あだ討ちを成功させるための巧妙な仕掛けの数々。
その仕掛けが明らかになると、全く別の世界が現れる!
想像を絶するラストに鳥肌が立つほど感動した。

時代小説を好きな人、ミステリーが好きな人、
感動を待っている人、すべての人に読んで欲しい1冊。

『木挽町のあだ討ち』
著者:永井紗耶子
出版社:新潮社
価格:¥1,870(本体¥1,700+税)

警察ミステリーとホラーの完璧な融合「地羊鬼の孤独」

大島清昭さんの「地羊鬼の孤独」(光文社)読了。
初読みの作家さん。

警察小説・本格ミステリー・ホラーの融合で
絶妙な面白さを生んでいる。

市内で全裸遺体の入った棺が次々と発見された。
その遺体は内臓が模型に変えられるという
無惨なものだった。
犯人の意図や動機が一切判明せず、
殺人事件をつなぐものは、現場に残された
「地羊鬼」という中国の妖怪の名前のみだった。

新米刑事・八木沢は、女性警部補・林原と
コンビを組んだ。
林原は、自称妖怪研究家・船井の協力を得て
心霊や、妖怪といったオカルト方面からも
この事件を捜査にあたった。

それはやがて、過去の連続殺人事件に繋がってゆく。

ところが、捜査が進むと信じがたい状況が現れる。
捜査員が次々と倒れ、本部は壊滅状態に!
もしかして、この捜査本部は呪われてしまったのか・・・!?

さらに、妖怪研究家・船井の蘊蓄の凄さに驚愕する。

呪いの木札、得体知れない者の目撃証言、
心霊スポットで起こる怪異現象など、ホラー要素が
強いが、それがリアルな霊的現象で描かれているのか?
それともオカルト的トリックを使ったミステリー
なのか?その曖昧な境界がとても不気味に感じる。

呪いや幽霊と言った科学では解きあかせない
現象はとても恐ろしいが、生身の人間は
どうだろうか?
人間の心の闇ほど恐ろしく手に負えないものはない。

本格的警察小説にホラー・ミステリーをミックス。
そしてロジックを駆使した推理とどんでん返し、
二重三重の謎解き!ホラーミステリーの恐ろしさ・面白さを
全て詰め込み、まさかのラストに「ありえない!」と
思わず叫んでしまう!鳥肌物の凄い作品。

『地羊鬼の孤独』
著者:大島清昭
出版社:光文社
価格:¥1980(本体¥1800+税)

著者の11年ぶりの新作はゴースト・ストーリー「踏切の幽霊」

高野和明さんの「ジェノサイド」から11年ぶりの新刊
「踏切の幽霊」(文藝春秋)読了。

タイトルから推測するとホラー小説かなと
思って読み始めたが、ちょっと違う。
じわじわと鳥肌が立つシーンもあったが、
読んでいてずっと切なかった。

1994年、東京・下北沢。
新宿~小田原を結ぶ私鉄沿線のとある踏切で、
緊急停止するという事件が頻繁に起こっていた。

ある日、女性誌の記者・松田は編集長から心霊ネタの
取材を命じられた。
踏切の上に立つ女性の写真が心霊写真ではないかと
思われ、写真とさらに映像が別々の読者から編集部に
送られてきた。
どちらも合成ではないかと疑った。

松田は、幽霊などいないと思っていた。
幽霊がいるのだったら、亡くなった妻が
自分の前に会いにきてくれると思うからだ。
でもそんなことはない。

しかし、カメラマンの吉村はどちらも手を
加えた形跡はないと言った。

松田は、映像と写真を送ってきた読者たち
から取材を始めた。

そして、その踏切をカメラマンと調査。
その時、松田は踏切の上に女性の姿を見つける
あわてて踏切内に入ろうとしたがカメラマンに止められる。
カメラマンは女性の姿など見ていないと言った。
一体どういうことなのか・・・?

それから、松田のまわりで奇妙なことが起こり始める。
松田は、新聞記者時代に懇意にしていた警察官に
踏切で女性が亡くなっていないか調べて欲しいと
依頼。すると、1年前にその踏切で女性が殺された
事件があったと判明。
殺された女性の顔は、踏切で撮られた女性と瓜二つだった。
しかし、最後まで彼女の身元はわからなかったらしい。

松田は彼女の身元を調べ、何が起こっていたのかを
明らかにするため動き出す。

警察が必死になって調べても辿り着く
ことのできなかった女性の身元。
そして、なぜ殺されなければならなかったのか?
その謎を追うミステリーと、何かを訴えようと
松田の前に現れるゴーストの物語。

ひたひたと迫る怪異に、衝撃的な怖さはない。
ただただ、静寂の中から悲しい叫びが聞こえて
くるようなそんな怪異だ。
そのシーンを思い描くことによって、じわじわと
恐ろしさが感じられる。

無念を抱えながら死んでいった女性の想いを、
畏れず、抗わず、そのまま受け入れ、彼女の
真の望みを汲み取って安らかな眠りに導いた
松田。

亡くなった妻への想いを抱きつつ女性の
取材を重ねる松田。
その緻密な心理描写に心を打たれる。

「幽霊」というキーワードが入っている
物語でありながら、読後は怖さよりも
切なさや哀しみがあふれる物語。

ずっと余韻が残る「幽霊譚」だ。

『踏切の幽霊』
著者:高野和明
出版社:文藝春秋
価格:¥1870(本体¥1700+税)

大切なものを守る!凄腕の殺し屋の闘いを描く「アイアン・ハウス」

ジョン・ハート「アイアン・ハウス 上下」
(ハヤカワ文庫)読了。

凄腕の殺し屋・マイケル。そんな経歴を持つ
男が平凡な幸せを掴むことが出来るのか?
心の震わす、男の闘いが描かれる。

親に捨てられたマイケルと弟のジュリアン。
彼らは孤児院に預けられた。
二人にとってそこは地獄のような場所だった。
兄・マイケルは強靭なメンタルで生き抜いて
いたが、弟のジュリアンは小さくて弱気だ。
そのため、悪ガキたちに目をつけられ虐め抜かれ
精神を病んでしまった。
そんなジュリアンは孤児院でとんでもない事件を
起こす。マイケルはジュリアンの事件を
隠蔽し脱走。ジュリアンは上院議員夫妻に
引き取られた。

その後、マイケルは凄腕の殺し屋になっていた。
ボスに忠誠を誓っていたが、美しい恋人・
エレナの妊娠を知り、組織を抜けたいと
ボスに訴えた。瀕死のボスはマイケルの
幸せを考慮し、組織を抜けることを承諾する。
ところがボスの息子と手下のジミーはそれに反対。
マイケルは組織から追われることになる。

マイケルの経歴を知らなかったエレナは、その事態に
衝撃を受け、マイケルとの関係に心が揺れる。

組織からの逃亡を続ける中、ジミーらは
エレナとジュリアンをもターゲットに!

マイケルはエレナとともに上院議員の
邸宅へと向かう。
上院議員夫人のアビゲイルが彼らを匿うと言った。
ジュリアンは作家となり成功を収めていた。
しかし、ジュリアンは何かに怯え、マイケルと
会ったときは彼のことさえ認識できないでいた。

そして、邸宅で無惨な死体が見つかる。
その死体は孤児院でジュリアンを虐めていた
連中の一人だった。
まさか、弟が犯人なのか・・・・!?

恋人・エレナ、大切な弟ジュリアン。
そして弟を本当の息子のように愛する
上院議員夫人・アビゲイル。
マイケルは彼らのため、そして殺人容疑を
かけられたジュリアンとアビゲイルを救うため、
死地へと向かう。

冒頭から凄まじいアクションシーンの連続と
怒涛の幕開け。
ハードボイルド的展開、殺人事件の謎を追う
ミステリー、そして家族、恋人を想う
「愛」の物語でもある。

ハートを射抜かれること間違いなしの
最高に面白い海外傑作ミステリー。

『アイアン・ハウス 上下 』
著者:ジョン・ハート/東野さやか訳
出版社:早川書房
価格:上下¥935(本体¥850+税)