圧倒的な面白さ!毛利VS尼子対決「駆ける 少年騎馬遊撃隊」

第13回角川春樹小説賞受賞作、稲田幸久さんの
「駆ける 少年騎馬遊撃隊」(角川春樹事務所)
を読みました。

中国の覇権を手中に治めたい毛利、出雲奪還
を目指す尼子。中国地方の両雄が激突する!
圧倒的臨場感で描かれる合戦シーンが凄すぎる!

三刀屋の近松村で馬を飼育・売買する家に
育った小六。
彼は特に風花という馬を気に入っていた。
いつも一緒にいることから、風花の考えて
いることはわかる。

ある日、小六が仲間たちと遠出をしたとき
風花が異変を察知した。
突然、賊に襲われたのだ!!
仲間たちは殺され、小六は風花とともに
村に逃げ帰った。
ところが、村は焼かれ馬は盗まれ、
小六の父母、幼い妹までも焼かれていた。
絶望で倒れていたところを、毛利元就の
次男・吉川元春に拾われる。

月山冨田城、出雲地方の覇権を毛利側に
奪われた尼子。
元就の奸計により、尼子国久と新宮党
が争い、尼子は弱体化する。
甚次郎(後の山中鹿介)が何も知らずに
尼子のもとに届けた文こそ、元就の策略
だったのだ。
甚次郎は元就の手の内で転がされた。
親しい人、そして愛する人を奪われた甚次郎は、
「毛利元就」を激しく憎んだ。
尼子一の猛者となった甚次郎こと山中鹿介幸盛は
出雲奪還の前に「毛利元就」を殺すことだけを
目標に生きている。

吉川元春の下で、少年騎馬隊のリーダーとなった小六。
元春は、尼子に打ち勝つ手段を育てていた。

そんな両雄が激突する日がやってくる!

吉川元春、山中鹿介、リアルな人間像が伝わってくる。
さらに、個性的な登場人物たちの魅力が溢れている。

方や中国地方の覇権掌握!方や復讐の鬼!
尼子・毛利、両方の強い思いが心に刺さる。

また、合戦シーンの凄まじい迫力!
自分自身もそこにいるような錯覚に陥った。
そして、圧巻のラストシーンに感動!感涙。

とても面白かった!

『駆ける 少年騎馬遊撃隊』
著者:稲田幸久
出版社:角川春樹事務所
価格:¥1,980(本体¥1,800+税)

関小玉の若き日を描く第5弾「紅霞後宮物語 第零幕5未来への階梯」

「紅霞後宮物語」の本編は皇后・関小玉と
皇帝・文林の関係と、後宮で起こる
事件や政変を描き非常に面白い。

そして、関小玉の若き時代を描く、
「零幕」シリーズも、どんどん
面白くなってゆく。

小玉は、戦の最中思わぬ襲撃にあい、
小玉が一番信を置いていた、復卿が戦死した。

その死に衝撃を受け、何とか
受け入れようとしていた小玉の前に
喪中で公休中の文林が陣営にやってきた。
復卿の死を「自分のせいだ」と言い、
周囲に波紋が広がる。
そんな文林の言葉が小玉の心に
暗い影を落とす・・・・。

そして、戦が終わり都に戻った
小玉を待っていたのは、家族との時間と
去り行く人々の思いだった・・・・。

復卿の恋人だった青喜の思いが切なく、
彼を思いやる周囲の人々の優しさが際立った。

復卿を失った戦には様々な思惑が渦巻いていたらしい。
しかし、小玉は半分しか真相を知ることが出来なかった。
文林とは戦後処理を巡り、けんかが絶えない。

また、甥の丙が小玉が戦に出ていることを
心配し、情緒不安定になってしまうシーンが
切なかった。

小玉は上官からあるものを贈られる。
それは小玉にとって、運命の出会いであった。

そして、小玉の運命は大きく動いてゆく・・・。

第零幕6の展開が待ち遠しい!

『紅霞後宮物語 第零幕五 未来への階梯』
著者:雪村花菜
出版社:富士見L文庫
価格:¥660(本体¥600+税)

百人一首の謎に迫る!「身もこがれつつ小倉山の百人一首」

周防柳さんの「身もこがれつつ小倉山の百人一首」
(中央公論新社)を読みました。
主人公は、「新古今和歌集」の選者を務め、百人一首
を編んだ、平安後期~鎌倉時代に活躍した
歌人・藤原定家。

著者は、「蘇我の娘の古事記」を描いた周防柳さん。
平安貴族のきらびやかな世界を背景に描かれる和歌の世界!

御堂関白・道長に連なる藤原北家の系列ながら
傍流の御子左家は出世とは程遠い家柄。
その次男に生まれた藤原定家は、
子どものころ、2度も疱瘡に罹り、
ちょっとだけ顔にコンプレックスを持っていた。
病により、片方の耳が難聴に。
しかし、定家は並々ならぬ努力でその難聴を克服。
得意の歌で頭角を現す。

そして、親友の藤原家隆とともに
「新古今和歌集」の選者も務めた。

鎌倉幕府は朝廷を侮り、後鳥羽上皇の
闘争心に火をつけてしまう。
腹いせに、鎌倉幕府三代将軍・源実朝を
引き入れようと画策。
定家は後鳥羽院から、実朝の和歌の指南を
するよう命ぜられる。

偉大な人物も時に自身の才能を疑い、
落ち込む、恋に悩む、嫉妬の炎を燃やす。
読んでいる途中、定家が愛おしく思えてきた。

平安末期~鎌倉そして、承久の乱。
激動の時代の中、ただひたすらに歌の道に
邁進した定家の生き方に心が震える。

クライマックス、定家が選んだ百首の歌が
飛び交うシーンが非常に印象的。
そして、ラスト。
定家が政権に阿ることをやめ、すべてを悟り、
決意するシーン。
「真の歌の心がここにある。
歌の心とは、この国に一千年積り積もった
みやび男みやび女の思いの重畳であり・・・。」
そうなんだ!
自分の信じる道を行けば良い。
そのために定家は生きてきたのだから。
歌を愛し続けたのだから・・・。
そう思うと思わず泣けてきた。

「新古今和歌集」の編集。1000年後も
愛される数々の和歌を詠んだ偉人。
歌人・藤原定家の生涯をここまでドラマチックに
描いた作品はない。

そして、百人一首がどのようにして
編まれたのか・・・?
そこがこの作品の最大の読みどころ。
百人一首競技も、もしかしたらこれが始まり・・・?
なんてシーンもある。

百人一首好きなら絶対に読まないと損をする!
華麗なる歴史小説。

『身もこがれつつ 小倉山の百人一首』
著者:周防柳
出版社:中央公論新社
価格:¥2,090(¥1,900+税)

究極の盤上ミステリー!「神の悪手」

芦沢央さんの「神の悪手」を読みました。
ひりひりするような緊張感が漂う!
将棋をテーマにした盤上のミステリ短編集。

【弱い者】
大震災後、避難所で子供たちに将棋の
指導対局をする北上八段は、ある少年に
出会う。才能にあふれている、自分で
育ててみたい・・・そう思った瞬間、
将棋を知っているものであれば
「ああ~!!」と思わず声が出るほどの
悪手を打った。
しかし、その悪手の裏には非情な真実が
隠されていた。

【神の悪手】
棋士の養成所・奨励会。26歳までにプロに
ならなければ退会という絶望が待っている。
リーグ戦最終日前夜、岩城啓一のもとに
対局相手が訪ねてきた・・・。
追い詰められた男が将棋人生をかけた
アリバイ作りに挑む表題作。
行間から漂う圧迫感と緊張感が半端ない。
息詰まる対局シーン、凄味を感じた。

【ミイラ】
詰将棋雑誌で投稿作の検討を担当する常坂は
投稿された作品の一つに妙なルールがあること
に気づく。投稿者の名前に記憶がある。
実は投稿者は、ある宗教施設で父親を殺害
した少年だった・・・。
少年はこの詰将棋で何を訴えたかったのか?

【盤上の糸】
八歳の時、事故に遭い両親を亡くし、自身も
脳に障害を負った亀海要。
棋士の祖父と職人の祖母に育てられ、要は
将棋にのめり込んだ。将棋の一手が彼の
言葉のすべてとなった。
そしてタイトル戦で競っているのは向島久行。
勝ち負けにこだわり、生々しい感情を
内に秘める向島と、脳の障害を乗り越え
独特の感受性で対局に臨む要。
その対比が、言葉の限りを尽くして
描き出されている。最高の1作。

【恩返し】
駒師の兼春は、棋将戦七番勝負第二局で、
国芳棋将が師匠の駒よりも自分の駒を
選んだことで舞い上がった。
しかし最終的に棋将が選んだのは
師匠の駒だった。なぜ?途中で気が変わったのか?
兼春はずっとそのことで悩んでいた・・・。

時に希望に繋がる一手
時に破滅に繋がる一手・・・。

思いもよらぬ着想、練りに練られた設定、
慎重に選ばれた言葉の数々、そして瞠目のラスト。

心を揺さぶられる、傑作短編ミステリ。

『神の悪手』
著者:芦沢央
出版社:新潮社
価格:¥1,760(本体¥1600+税)

西澤保彦先生の名作復刊。「あの日の恋をかなえるために僕は過去を旅する」

「七回死んだ男」」やユーモアミステリーの
人気シリーズ「腕貫探偵」でおなじみの
西澤保彦先生の「異邦人 Fusion」が改題されて復刊!
「あの日の恋をかなえるために僕は過去を旅する」。

実家に帰る飛行機搭乗を前に、奇妙な
違和感に陥った影二(じょうじ)。
そのまま飛行機に乗り、実家のある飛行場へ着陸した。
ところが着いた直後から強烈な懐かしさを感じた。
過去にタイムスリップしたらしい。

このまま実家に帰っても不審者と
間違えられるだろう。
実家の近くで野宿することに・・・。そして、気づく。
父が殺される数日前にタイムスリップしたことに。

二十三年前、父が殺された。
犯人は今だに捕まっていない。
姉は、父の事件をきっかけに恋人と別れ、
望まぬ結婚をした。

影二は、行くところもなく、姉が家出をした
時に暮らしていた場所に向かう。
そこは姉が恋人と暮らしていた場所だった。
そして、姉の元恋人の少女と出会う。
少女はなぜか中年の影二を見て自分の恋人の
弟だとわかったらしい。
父が殺される数日前にタイムスリップ
してきたことに意味があるかもしれない。

影二は少女とともに父の死の真相に迫るが・・・。

二人は父の殺人をふせぎ、
姉の哀しい運命を断ち切れるか?

‘タイムスリップ’というSF的展開と
誰が主人公の父親を殺したのか?
という犯人捜しミステリーが非常に
うまく融けあい、面白い。

特に、犯人捜しのロジカルな展開は
読み応えがあり、意外な犯人象に驚愕する。

また、血のつながらない姉弟と言う設定で、
姉に対する弟の複雑な気持ちがとても繊細に
描かれていて、切なくなった。

同性愛や禁断の恋が真っ直ぐに
描かれていて印象深い作品。

家族の愛と性を優しくも切なく描いた
タイムスリップ・ミステリー。

『あの日の恋をかなえるために僕は過去を旅する』
著者:西澤保彦
出版社:コスミック出版
価格:¥715(本体¥650+税)

余韻が残る、美しく切ない犯罪小説「未必のマクベス」

早瀬耕さんの「未必のマクベス」を読みました。
大長編でありながら、読ませる展開。
まるで壮大なスパイ小説を読んでいるよう。
クールでスタイリッシュな主人公の
恋心が切なくて痛い。

IT企業Jプロトコルに勤務する、中井優一は、
東南アジアを中心に交通系のICカードの
販売に携わっていた。

同僚の伴浩輔とともにバンコクでのビッグな
商談を成功させた優一は、帰国途中
着陸地変更のため立ち寄ったマカオで
カジノに挑戦、大金を手にする。
マカオのホテルで出会った娼婦から
「あなたは、王になって、旅に出なくてはならない」
と予言めいた言葉を告げられる。

その後、香港の子会社の代表取締役を命じられた
優一。しかし、そこには悪意ある罠が待ち受けていた。

シェークスピアの三大悲劇と言われる
「マクベス」になぞらえた企業サスペンス。
中井と伴は、いつのまにか闇の世界へと堕ちていく。

横領、偽造、殺人・・・。
しかし、それは己の命と大切な人たちを守るためだった。

マカオ・香港・バンコク・サイゴンと
東南アジアの美しい情景を舞台に
繰り広げられる危険すぎる駆け引き!
中井の周囲は誰が敵で誰が味方なのか?
判断を誤ると命が危ない!
手に汗握る展開にワクワクする。

中井の知らないところで、彼の初恋の
人は同じ会社に入社しながら、行方不明に。
現在の恋人の間で揺れる中井。
意外なラストに衝撃を受けた。

危険な企業サスペンスにあまりにも
切ない恋愛エピソードを加えた、
ほかに類をみない、純愛サスペンスだ。

小説の中で、最後まで気になって仕方なかった。
美味しそうな料理・アフリカンチキンと
お酒・キューバリブレ。
食べてみたいな~

『未必のマクベス』
著者:早瀬耕
出版社:早川書房(文庫)
価格:¥1,100(本体¥1,000+税)

史上最強の内閣誕生か!?「もしも徳川家康が総理大臣になったら」

前に、坂本龍馬みたいな人が現れて
日本の政治を変えてくれないかなと
思ったことがあった。

それ以上のことを考えた作家さんがいたなんて!
「もしも徳川家康が総理大臣になったら」
を描いた眞邊明人さん。
凄い!の連続。

ミステリー作品以外で、
最近読んだ本の中ではとんでもなく
面白かった本の筆頭です。

総理大臣・徳川家康
官房長官・坂本龍馬
財務大臣・豊臣秀吉
経済産業大臣・織田信長
経済産業副大臣・大久保利通
外務大臣・足利義満
総務大臣・北条政子
などなど、日本史が大好きな人が読んだら
この人物リストを見ただけでウオーとなりそう。
私も日本史が大好きなので
思わず凄すぎるラインナップと思いました。

2020年、新型コロナの初期対応で
つまずき、あろうことか首相官邸
でクラスターが発生。
総理大臣がコロナに感染し死亡!
戦後最大の窮地に陥った日本政府。

政府与党はこの緊急事態に際し、
密かに画策していた最後の手段に出る。
それは、AIとホログラムにより、
偉人たちを復活させ、最強内閣
による政治を実行させることだった。

徳川家康を筆頭に日本の歴史に
名を刻んだ英傑たちで構成された
最強内閣は、迅速な意思決定で、
日本初のロックダウン、10日以内
で全国民に50万円給付、リモート
博覧会など、大胆な政策を次々と
打ちだし実行していく。
その徹底ぶりは国民の度肝を抜いた。

前半は、最強内閣の決断力と実行力に
よって、コロナ禍の日本で人命救助と
経済がバランスよく回ってゆく過程が描かれる。
その過程は、読んでいると胸がすくほど気持ちよい。

最強内閣が実行したことはとてもシンプルだ。

何か一つのことをやるにしても
必ず問題点がでてくる。
しかし、その問題点をすべてクリアに
してから実行していたのでは時間がかかりすぎる。

最優先すべきものは何かを明確にし
さっさと実行する。不正やミスは
それが発覚してから厳しく対処
することで実行度はさらに上がる
ということがわかる。

歴史上の偉人たちの登場のシーンには、
その偉人が何を成してきたのかが
注釈として表記してあり、歴史の勉強にもなる。

また中盤から後半にかけては、
誰がこのシステムを作り上げたのかと
いうミステリー的展開にもなっている。

ビジネス、歴史、政治、そして
ミステリーも楽しめる!
あらゆるジャンルが融合した教養
あふれるエンターティメント作品。

最強内閣は日本を救えるのか?!
読んでみてください!
クライマックスは感動の連続!

『もしも徳川家康が総理大臣になったら』
著者:眞邊明人
出版社:サンマーク出版
価格:¥1,650(本体¥1,500+税)

重厚な社会派ミステリーの傑作!「沈黙の終わり」

堂場瞬一さんの「沈黙の終わり上下巻」を
読みました。

二人の新聞記者が、埼玉県と千葉県で
起きていた連続幼女誘拐事件の真相を
追う物語。

事件の取材をする記者の姿は、元新聞記者
だった著者にしか描けない、圧倒的臨場感がある。

東日新聞の柏支局長で定年間近の
松島は、柏支局に赴任して一週間が
経ったころ、七歳の女の子が遺体で
発見されたという一報を耳にする。

一方、東日新聞千葉支局の若手記者・
古山は県警記者クラブで柏の事件を知った。
その事件はすでに週刊誌にも掲載されていた。
週刊誌の記事を読んだ古山は4年前に
埼玉県で起こった女児行方不明の事件
を思い出した。
事件発生の場所を地図で確認すると、
千葉・埼玉両方の県をまたいでも
1キロも離れていない。
古山は、奇妙な不安に近いような
感情が沸き上がってきた。
もしかして、犯人は同じ人物なのか?

そして、古山は4年前の事件について
管轄である吉川署の副署長にその後の
捜査状況を聞いた。ところが副署長の
声が暗くなり、さらに自分の推測を
ぶつけてみると、推理小説みたいだと
一笑された。

一人で考えても埒が明かないと
古山は松島に相談する。
松島も聞いた当初は半信半疑だったが、
三十年前も近い場所で同じような
事件があったことを思い出す。

松島と古山は、様々な伝手を頼り
自分たちの「記者の勘」を信じ
真相に近づいてゆく。

次第に明らかになってゆく、恐ろしい
連続幼女行方不明事件・・・・。
それは30年前から始まっていたのだ。

千葉・埼玉の両県警は、なぜこのような
恐ろしい事件の犯人を逮捕できなかったのか?
警察の中で何が起こっていたのか?
二人の記者は権力の汚穢を暴くため、奔走する。

その取材の過程が緻密に描かれ、真犯人、
さらには、事件を隠蔽し続けた黒幕の
正体が暴かれる。

権力を己の保身に使った者たちへ、正義の鉄槌が下る。
命の危機を感じながらも、真実を求め
奔走する二人の記者の魂の叫びに心が震えた。

インターネットで何でも調べられる時代。
ニュースもネットでいくらでも読める。
斜陽産業と化した、新聞業界。
それでも、新聞の役割とは何かを
著者はこの作品で訴えている。

著者の熱い思いが詰まった
重厚な社会派ミステリー。

『沈黙の終わり 上下』
著者:堂場瞬一
出版社:角川春樹事務所
価格:上下巻各¥1,870(本体各¥1,700+税)
  

東京地検特捜部を真正面から描く!「巨悪」

「巨悪」は、元新聞記者の伊兼源太郎
さんが、検察の深部をリアルに描いた
社会派ミステリーです。

鷲田運輸社長が巨額の脱税を
行っていると、東京地検に内部告発と
思われるタレコミがあった。

そこから4か月、この内部告発から
調査を開始した、東京地検特捜部の
検事・中澤源吾は上司から何の
成果もあげていない、なんとして
でも割れ(自白をとれ)!と叱責
されていた。

検察は過去に起きた特捜部の証拠改竄
事件や杜撰な取り調べが露見し、
その威信は地に堕ちていた。

今回の調査で検察の信頼回復を狙う上層部。

しかし、組織改革を進めるはずの
検察の体質は変わらず、中澤は
納得できないでいた。

ワシダ運輸の脱税について、中澤は
立件することが出来ず、次の調査に投入される。
それは、国交大臣が夏祭りで配布した
手ぬぐいに絡んだものだった。
この案件も立件が難しいとされたが、与党の
陰のドンに迫ると期待された。

一方、事務官の城島は、ワシダ運輸から
押収したブツの中で、大番頭・陣内の
手帳に記された和菓子の購入に疑問を抱く。

中澤は、国交大臣の筆頭秘書に聴取していた。
ところが、秘書が自殺するという事件
が起こってしまう・・・。

中澤と城島は高校時代からの同級生で、
野球部で切磋琢磨したライバルだ。
そして城島は、中澤の妹・友美の恋人でも
あった。
しかし、友美は二人が大学時代に
殺されてしまった。
大きな悲しみの中で、友美の死の真相を
暴く!中澤と城島はお互いにその思いを
胸に秘め、「正義」の象徴である
検察に身を置く決意を固めたのだった。

そういう絆で結ばれた中澤と城島は、
国交大臣とワシダ運輸の調査を
進めるうちに不可解な金の動きを
掴む。そしてそれは東日本大震災の
復興補助金に繋がってゆく・・・・。

東京地検特捜部を題材にした「巨悪」。
圧倒的臨場感に度肝を抜かれる。
あまりのリアルさにここまで描いて良いのか?
思ってしまう。

政治汚職の闇を暴かなくては!という使命感。
そして、信頼回復を志す検察に送る
エールのようなものが感じられた。

巨悪に立ち向かう、若き検事と事務官、
その上司、同僚たちの「正義」を全う
するという熱い熱い思いに心が震えた。

『巨悪』
著者:伊兼源太郎
出版社:講談社(文庫)
価格:¥1,100(本体¥1,000+税)

日本の新たな船出を陰で支えた傑物の生涯「天を測る」

「隠蔽捜査」シリーズや
「警視庁臨海署安積班」シリーズ
など警察小説で人気の今野敏先生が、
実在の人物を主人公にした歴史小説を
描かれました。
幕末に活躍した「小野友五郎」。

幕末の偉人と言えば西郷隆盛、
坂本龍馬、勝海舟、福沢諭吉など
多数いるし、日本史の授業や小説。
歴史の本などで知る機会があった。

しかし「小野友五郎」という人物は
この本を読むまで全く知らなかった。

小野友五郎は、笠間牧野家家臣で
長崎海軍伝習所の一期生。
咸臨丸では測量方兼運用方を務めた。
若い頃から算術に長け、
その正確さにおいて、小野に並ぶ者は
いなかったという。

安政7(1860)年、咸臨丸は浦賀港から
サンフランシスコへ向けて出港。
太平洋を渡る長い航海で、艦長の勝麟太郎は
船酔いを理由に船室に籠り切りだった。
そんな中、小野は技術アドバイザーとして
咸臨丸に乗船していたアメリカ海軍士官、
ジョン・M・ブルックと算術・測量術を
競い合い、アメリカ側に勝利した。
この出来事はアメリカ人たちを驚かせ、
誰もが小野を信頼するようになる。

遣米使節団としてともに渡米した
福沢諭吉は、かなり辛辣に描写
されている。問題児だったようで、
規律を重んじる小野から叱責されている。
偉人の意外な一面を見た。

そして、使節団がサンフランシスコの
街や建物などの珍しさに目を奪われている頃、
小野ら測量方の者たちは、軍艦造船などの
現場をつぶさに見て回りその習得に励んだ。

ペリー来航以来、徐々に開国に踏み切った江戸幕府。
外国の脅威を迎え撃つには、軍艦造船と港の整備が
急務であることを早々に幕府に訴え、
算術を武器にアメリカと対等に渡り合った男。

小野はつねに「世のことわりは、すべて単純な
数式で表せる」と考えていた。
さらに、攘夷を声高に叫び、外国に対して
無謀な闘いを挑む毛利や島津を理解できないでいた。

邪魔なものは排除する。

小野は言う
「己にないものを自覚し、他者の良さを認めて足し算をしてゆく。」
それが国の品格を生む。
引き算ばかり考えている者に品格が備わることはない・・・と。

この言葉がとても心に響いた。

今の日本はどうだろう?
品格ある国家だろうか?

260年間もの長きにわたり、戦争もなく
平和な時代を作った江戸幕府。
これは凄いことなのではないか?

新政府は、列強諸国に追いつくために
これまでの日本を否定するかのように
欧米化を図ってゆく。

その中で小野はこれからの日本の行く末を考え、
己のすべきことに邁進してゆく。
江戸湾海防計画、そして軍艦建造をやり遂げ、
近代日本の船出を陰で支え続ける。
明治の世になってからは新政府のために
鉄道測量の仕事に就いた。

日本のために、ただひたむきに働き尽くした
男の生涯に胸が熱くなった。

『天を測る』
著者:今野敏
出版社:講談社
価格:¥1,700(税別)