戦慄の展開!「死刑にいたる病」

大ヒット映画公開中の「死刑にいたる病」の原作
櫛木理宇さんの「死刑にいたる病」(ハヤカワ文庫)読了。
映画の評判がとても良いので、原作が凄く
読みたくなり、手に取りました。
読み始めてすぐに物語の中に引き込まれていました。
そして、連続殺人鬼の毒気にあてられ、
背筋がゾッとしました。

ハイティーンの子供たち20人以上殺害し、
自宅の庭にその死体を埋めていた殺人鬼・榛村。

彼は逮捕されたが、警察はそのうちの9件しか
立件できなかった。
それでも9件の殺人で死刑はほぼ確定。
しかし榛村は、9件目の殺人を頑なに否定していた。

そんな時、鬱屈した日々を送る大学生・筧の
もとに榛村から手紙が届いた。
9件目の冤罪を証明して欲しいと・・・。

実は筧は中学生のころ、榛村が経営していたパン屋の
常連で、筧は榛村にとても懐いていた。
筧は子供のころ、地元でも有名な「神童」と呼ばれ
父と祖母から多大な期待をかけられていた。
ところが、有名進学校へ入学すると授業について
ゆくのが出来なくなり落ちこぼれた。
父親から選民意識を叩きこまれた筧は、
落ちこぼれた自分をひた隠していた。

そんな筧の苦悩を知ってか知らずか、榛村は
筧にとても親切だったのだ。

榛村はシリアルキラーの本性を隠し、いい人を
演じ続け、町の住人の心を掴んでいた。
だから、住人たちは筧の不審な行動を
チラッと目撃しても何の疑いも持たなかった。

それゆえ、榛村の素性を知った住人たちは、
彼が殺人鬼だと信じられず、警察に抗議したほどだった。

筧はそんな榛村を信じ、彼の9件目の冤罪を証明する
ために、榛村を知る周囲の人物から情報を集め、
検証を繰り返した。
9件目の犯行は可能だったのか・・・?

筧の調査を通して、榛村の過去が明らかになる・・・。
榛村は恐ろしい性質を持っていた。

榛村はどのように殺人鬼になったのか?
その様子が徐々に明らかになる過程は、ゾッとする。
典型的なサイコパスとして描かれており、
自分の都合の良いように周囲の人間を巻き込む様子が
とても巧く表現されている。

自分も筧の立場だったら、こうなってしまうかもと
思った。

このような人間は、生まれた時から悪なのか?
それとも環境がそういう人間を育ててしまうのか?
今でもはっきりとは言えないようだが、
やはり、環境がそうさせたのではと思ってしまう。

最後の最後まで読ませる展開とクライマックスの
不気味な展開に唖然としたが、とても面白かった。

また、映画のキャスティングは、どの登場人物も
俳優さんたちがはまりすぎていて、凄いと思った。

『死刑にいたる病』
著者:櫛木理宇
出版社:早川書房(文庫)
価格:814円 (本体740円+税)

推理小説の面白さが半端ない!「土屋隆夫推理小説集成8穴の牙/深夜の法廷」

土屋隆夫先生は、1949年に推理小説作家として
デビュー。有名なのは、ドラマ化された
千草検事シリーズ。多くの作品がドラマ化
され、人気を博しました。
「影の告発」で日本推理作家協会賞を受賞。
ミステリー小説を読むようになってから
土屋先生作品に出合い、その面白さに
はまってしまいました。

東京創元社から「土屋隆夫推理小説集成」が
全8巻で発売され、本書はその完結巻。
なぜかこの本だけ、本棚から発掘。
読んでみたら止まらなかったです。

「穴の牙」
妹を殺された復讐のために完全犯罪を
もくろんだ兄がはまった穴とは?。「穴の設計書」

夫の出張中に行き倒れそうになった元上司を家に
あげてしまった妻がはまった罠。「穴の周辺」

優しい夫の異変に気付き、夫の出張中に一人
思い悩む妻が陥った罠、そして夫も・・・。「穴の上下」

強盗犯の仲間割れから大金を隠し場所を知った
元刑事。悪魔のささやきに負けてしまい・・・。「穴を埋める」

身に覚えのない強盗殺人事件の容疑者に
されてしまった男。罠を仕掛けたのは・・?「穴の眠り」

男に貢ぎ続ける女、それを当たり前のように
受け取る男。彼らがはまった穴とは?「穴の勝敗」

学生時代に特訓と称して、後輩を苛め抜いた男。
定年間近、その男の上司としてやってきたのが!?「穴の終曲」

以上の7編の短編は、何気ない日常を切り取っているが、
そこには至るところに罠が張り巡らされている。
欲望の赴くままに行動する人間たちが陥る‘穴’。
その愚かしい姿が絶妙なタッチで描かれる。

「深夜の法廷」
幼いころからその美貌で、周囲の人々を魅了してきたヒロイン。
しかし、彼女は自分を裏切ったもの、いじめたもの
には容赦なく制裁を下してきた。
その性格は大人になっても変わらずにいた・・・。
幸せな結婚をした彼女だったが、夫が不倫を
していることを知る。
激しい怒りを内に秘めた彼女。
自分を冷静にコントロールし、夫と不倫相手に
制裁をくだすべく、完全犯罪を計画する・・・・。
彼らを陥れようとする計画が緻密過ぎる。
読んでいるともしかしたら計画成功するかも・・・
と思ってしまった。

そのほか、中編「地図にない道」「半分になった男」を収録

「半分になった男」は、ある資産家の娘の婿になった
男が精神分裂症を患い自殺を図った。
しかし数年後、ある新聞社に投書があった。
自殺した男は殺されたのだ・・・と。
投書の内容から殺人事件をロジカルに推理。
その過程が見事!

昭和時代に描かれた作品もあるが、作品の
古さを感じさせない。
文明の利器が進歩しても犯罪を犯す人間の心理は
いつの時代も変わらないと思った。

短編、中編が何作も収録され、700ページ超の
厚さだが、その厚さ、長さを全く感じさせない、
面白さに引き込まれ、時間を忘れて読みふけった。

『土屋隆夫推理小説集成8 穴の牙/深夜の法廷』
著者:土屋隆夫
出版社:東京創元社(文庫)
価格:2,090円 (本体1,900円+税)

SNSの怖さが際立つ!炎上ミステリー!「俺ではない炎上」

「六人の嘘つきな大学生」(KADOKAWA)で
大ブレイクを果たした浅倉秋成さん。
新卒採用をミステリーに仕立て、企業に
翻弄される就活生の姿を描き出した。
今の日本の就活のあり方に一石を投じた作品で
話題をさらった。

そして、本書「俺ではない炎上」(双葉社)は、
SNSの怖さを徹底的に描き切ったサスペンスミステリー。

外回り中の大手ハウスメーカーの営業部長・
山縣泰介に支社長から緊急の電話が入った。
「すぐに帰社しろ、絶対に裏口から入れ!」

突然のことで狼狽する泰介は、自分が
「女子大生殺害犯」にされていることを知る。
すでに、実名、写真付きでネットに素性が
晒され、ツイッターは大炎上していた。
確かに大昔ツイッターのアカウントを作った
記憶はあるものの、使用したことなどなかった。
自分ではないと訴えるものの、上司は信じず、
自宅謹慎を言い渡される。

それでも、きちんと説明すれば誤解はすぐに
解けるだろうと楽観していた泰介だったが、
SNS上ではさらに荒れていた。

そのアカウントは巧妙に作られ、何度確認しても
泰介のアカウントにしか見えない。

誰が、何のために・・・?泰介は戦慄する!
頼りにしていた部下、友人、そして家族でさえも
泰介の言葉を信じてくれなかった。

「これはヤバイかも」とネットに上がっった
写真がリツイートされる。それは僅かな
時間で拡散され、泰介はあっという間に
殺人犯として追われるはめに・・・。

怖い!読んでいてこんなに怖いと思ったことは
あまりない。誰もがSNSをやっている。
だから誰でも起こりうること。他人事では
いられない。いつ自分が巻き込まれるのか
と思うとすごく怖くなった。

また、SNSに上がった写真とわずかな情報
だけで、「犯人」と決めつける安易さ。
それに同調する、正義をふりかざす人たちの
理不尽なまでの暴挙。人間とはここまで残酷に
なれるのか・・・・。

そして、著者がこの作品に仕込んだミステリーの
大仕掛け!
「えッ?」と思わず叫びたくなる、大逆転の展開。
しかし、さらなる罠が待ち構える。
そう簡単には真相にたどり着けない。

二度読み必至の、強烈炎上ミステリー。

『俺ではない炎上』
著者:浅倉秋成
出版社:双葉社
価格:1,760円 (本体1,600円+税)

西村京太郎 初期の傑作ミステリー短編集「完全殺人」

最近、西村京太郎さんの初期に描かれたミステリー
作品にとても面白いものが多数あると気がついた。
「華麗なる誘拐」(河出文庫)、「殺しの双曲線」
(講談社文庫)、「七人の証人」(講談社文庫)
などかたっぱしから読んで、この「完全殺人」
(祥伝社文庫)を手にした。
上記の3点は長編だが、「完全殺人」は短編集。
ぶっ飛び展開もありつつ、時代をまったく感じ
させない、斬新な設定のサスペンスミステリー集。

全く知らない美しい女性からいきなりラブレターを
渡された男性。困惑しつつも返事を書いて渡そうと
出会った場所で待つことに。しかしそこに別の女性が
現れて・・・・。ぶっ飛んだ真相に男性は怒り爆発・・・!
「奇妙なラブレター」

釣りを楽しむために温泉宿にやってきた男性。
そこで出会った美しい女性と一夜限りの関係を・・・。
ところが翌日の朝、女性が遺体で発見される。
そして男性は何者かに襲撃を受けた!
男性が導き出した真相とは・・・・。
お~そういうこと!思わず膝を打ちたくなった。
「幻の魚」

空き別荘に集められた四人の男女。彼らは過去に
殺人を犯しながらも逮捕されていなかった、
いわば「完全殺人」の成功者たち。
彼らを集めた男は、「最もすぐれた殺人方法を
示したものに大金をやる」といった。
様々な殺人方法が語られるが・・・・。
男の真意に戦慄する!
「完全殺人」

余命幾ばくも無いがん患者の男性は、同じ病気で
苦しむ男からある提案をされる。
その提案を男性は拒み続けるが・・・
あまりにも理不尽なラスト。声も出ない衝撃。
「殺しのゲーム」

妻を寝取られた男が復讐のために妻の相手の
男性を殺害することを決意し、行動を起こした
矢先、「AMAアリバイ製造協会」と名乗る男から
アリバイを保証するから男を殺せと促される。
驚愕のどんでん返しが凄い!!
「アリバイ引き受けます」

何者かに線路に突き落とされたが生還。記憶が
ないくらい飲んだバーで毒殺されそうになったが
これも生還。誰かに狙われていると感じた
男性は、社内の出世競争に巻きこまれたかと疑う。
そして、怪しい人物を探れと部下に命令するが・・・。
こんな屁理屈で殺されたら、たまったもんじゃない!!!
「私は狙われている」

新婚の夫婦。夫が出張中に妻が殺された。
妻は「S」というダイイングメッセージを残していた。
警察はイニシャルが「S」の関係者を洗うが・・・。
妻が夫に残したメッセージ。妻の愛と夫の執念が
真相を導き出す。切ないラストに涙。
「死者の告発」

探偵事務所で働く男性は、高額の成功報酬付きの
案件を担当することに。しかし、同僚の男の
話を聞いてその案件を同僚に譲った。ところがその
同僚の遺体が発見される。男性は調査はまだ
終了していないとし、独断で調べあげると
信じられない真相に突き当たった。
権力の横暴に巻き込まれたサスペンス。
「焦点距離」

本格推理、サスペンス、どんでん返し、西村京太郎さんの
傑作短編が堪能できる貴重な1冊。

『完全殺人』
著者:西村京太郎
出版社:祥伝社
価格:¥660(本体¥600+税)

闇を押し付けられる恐怖!「闇祓」

話題になっていて、早く読みたいと思っていた
辻村深月さんの「闇祓」(KADOKAWA)を
読みました。

読後感じたことは、現代社会は「闇」に
覆われているということ。
今身近にも闇が迫っている、他人ごとではない
と思いました。

寡黙で何を考えているのかわからないから
クラスで一人浮いている転校生・要に、
親切に接する真面目な委員長・澪。

しかし、そんな彼女に要は不審な態度で迫る。
ちょっと距離感の取り方に疑問を持った澪は、
友人たちに相談するが「好かれてるんじゃない?」と
からかわれる始末。

ところが、唐突に「今日、家に行っていい?」と
尋ねたり、家の周りに出没したりするようになりと
かなりヤバい行動を繰り返す要に恐怖を覚えた澪は
憧れの先輩・神原に助けを求めるが――。

デザイナーズマンションのようにリフォームした
団地で、住人たちが次々と事故や不幸に見舞われる。
そこには一人の不気味な主婦がいた。

小学校に男子児童が転校して来てから、クラスの
様子がおかしくなった。彼の正義を振りかざし、
クラスを支配する・・・。

あるサラリーマンは、営業部に異動してきた
ベテランの男性社員を執拗に怒鳴る上司に
辟易していた。同僚の女性先輩に相談し、
何とかしようとするが・・・・。
ベテラン男性社員の異動から部内が険悪になってゆく・・・。

「闇をおしつけ、周囲の人達を不幸のどん底に突き落とす。
そしてたくさんの人が死ぬ」

「闇」をまとったやつらが周囲の人間を
巻き込んでゆく。身近にある名前を持たない
悪意が増殖し、闇となり迫ってくる・・・。

4つの短編に描かれる物語は、
普通の人間が徐々に壊れてゆく様が非常に
リアルに描かれ、他人事とは思えない。

直接の暴力や言葉で相手を追いつめるのではなく、
ただ闇が持つ「正義」の理論を押し付けるだけ。
それだけで人は何が正しいのか?自分はどうすれば
良いのかわからなくなり、自我を失い、ある者は
自殺、ある者は殺人に走り、ある者は狂気に陥る。

その闇を祓うのが「闇祓」だ。
闇をまとうやつらを追いつめ、そして闇を祓う。

序盤、度肝を抜かれる展開から目が離せない!
いっきに読ませる面白さであっという間に
読み切ってしまった。

生きてる人間の悪意が一番怖いかもと思った。

『闇祓』
著者:辻村深月
出版社:KADOKAWA
価格:¥1,870(¥1,700+税)

謎の組織に狙われる!?「悪の包囲 ラストライン⑤」

堂場瞬一さんの人気警察小説シリーズ
「ラストライン」。5作目に突入。
立川中央署に勤務する刑事・岩倉剛の周囲で
謎の組織が動き出し、危険度が増してゆく!

岩倉剛は、あらゆる事件を記憶するという
特殊能力があり、その能力を研究材料に
狙う、サイバー犯罪対策課の福沢が殺害された。

事件直前、本部へ寄った時福沢に
つかまり、岩倉は衆人環境の中で
福沢に暴力的な態度をとってしまった。

捜査一課から、容疑者扱いされた岩倉は
捜査本部からはずされる。
犯行時刻、岩倉にはアリバイがあったが、
それは公にできない。
事情聴取した、取調官・大友鉄は岩倉を信じた。

それでも身の潔白を証明すべく、独自に捜査を
続ける。
ところが、謎の人物に尾行されたあげく、
襲撃される。
周囲は岩倉を心配するが、本人は逆に
絶対に真相を暴くと覚悟を決める。

捜査が進む中、やがて事件の背後に謎の
武器密売組織METOの存在が浮かび上がる。

徐々に事件の恐ろしさが増す、スリリングな展開。
岩倉はなぜ狙われるのか?
METOの目的は何なのか?

今後の展開がとても気になる!

ハラハラドキドキする中、失踪人捜査課の高城、
捜査一課の大友鉄、岩倉の後輩・伊東彩香が
登場し、読んでいてとても癒された。

『悪の包囲 ラストライン⑤』
著者:堂場瞬一
出版社:文藝春秋
価格:¥880(本体¥800+税)

百合小説オンパレード!「彼女。百合小説アンソロジー」

今、大注目の「百合小説」。女性同士の
恋物語を描く小説だが、それだけを集めた
アンソロジー集が出ました!
「彼女。百合小説アンソロジー集」
(実業之日本社)。
著者のラインナップに驚く!!!
相沢沙呼、斜線堂有紀、織守きょうや、
乾くるみ、武田綾乃、青崎有吾、円居晩。
この著者を見たら絶対に読みたくなってしまう~。

「椿と悠」織守きょうや
秋山椿は、クラスメートの塩野悠に惹かれてゆく。
いつも一人だけど、それを全く気にしない悠。
人とのつきあいがあまり得意ではない椿だったが、
勇気を出して悠に声をかける・・・。
椿と悠の勘違いから何かが始まる・・・。

「恋澤姉妹」青崎有吾
あるゲームで「最強」を欲しいままにしている、
恋澤姉妹。彼女たちに会いに行くと言って
去った、除夜子。彼女は死んだのか?
彼女たちを探す中で、壮絶なバトルが
繰り広げられる。
女子たちが強すぎる、ハードボイルドな復讐譚。

「馬鹿者の恋」
まっすぐに気持ちを伝えてくる幼馴染の萌。
萌の気持ちを知りながら、なかなかそれに
応えられない千晶。
しかし、ある転校生の登場で、二人の関係が
微妙にずれてゆく。
自分に素直になった時、初めて本当の気持ちに気づく悲劇。

「上手くなるまで待って」円居晩
大学時代の文藝部で、憧れの先輩に「うまく
なるまで待ってるから」と言われた私。
社会人になって、大学時代の友人から
私が書いたと思われる小説が投稿されてると
知らされる。身に覚えのないことに
私は悩まされるが・・・。
女性同士の複雑な感情をサスペンスタッチで描く。

「百合である値打ちもない」斜線堂有紀
人気FPSゲーム「ガンズへイル」の美しき
プロモーター美優島乃枝とペアを組む私。
でも常々、私は醜い人間。美優島乃枝の
恋人である資格がない。今の自分は百合
である値打ちもないと思っていた。
そしてとうとうある決意をする。
恋人とのギャップに悩む切ない心がリアルすぎる。

「九百十七円は高すぎる」乾くるみ
ソフトボール部の愛する先輩がいなくなり
京華と敦美は、相手を先輩に見立て、恋愛ごっこ
を楽しんでいた。ある日モールで買い物中の先輩と
その友人を見かける。彼女たちの会話が聞こえてきた。
「え、そんなに?」「917円?」。
京華と敦美は憧れの先輩と同じ金額のものを
買おうと計算し、モール中を駆け巡る・・・
先輩が買ったのものとは?
乾くるみワンダーランド炸裂!!!面白い!

「微笑みの対価」相沢沙呼
高校時代に出会った優香と紫乃。優香の方から
積極的に声をかけた。やがて二人の気持ちは
通じ合う。社会人なった二人は疎遠になっていたが、
ある日、紫乃から連絡があった。
その内容とは・・・?
仮に裏切られたとしてもなお、愛する人のためならば
何でも出来るのか?究極の選択を迫られる。
愛しすぎた末の悲劇。

凄い!凄い!ラインアップ。ミステリーファン
歓喜のアンソロジー。

『彼女。 百合小説アンソロジー』
著者:相沢沙呼/青崎有吾/乾くるみ/織守きょうや/斜線堂有紀/武田綾乃/円居晩
出版社:実業之日本社
価格:¥1,925(本体¥1,750+税)

空気の読める人間しか生きられない町って…。「誰かがこの町で」

「わたし消える」で2019年第65回江戸川乱歩賞を受賞した
佐野広実さんの受賞後第1作「誰かがこの町で」を読了。

受賞後第1作は、強烈な印象が残るサスペンスミステリー。
今の日本社会の歪みを浮き彫りにした、ある意味とても
恐ろしい作品だと思う。

19年前、郊外の瀟洒な町の住宅街で起きた男児誘拐事件と、
一家失踪事件。
そのどちらも謎を抱えたまま、いまだに解明されずにいた。

弁護士事務所所長に面会に来た若い女性。実は
その所長の失踪した友人の娘だった。
なぜ自分だけが養護施設に入れられることに
なったのか?調査して欲しいとのことだった。

その女性は本当に友人の娘なのか?
そして、友人はなぜ失踪したのか?

その弁護士事務所で働く主人公・真崎が
その一家が失踪した街で調査をすることになった。

しかし、その町での調査は非協力的な住人に阻まれ、
まったく進まない。
その町の住人たちの団結力は異様だった。

町は平和で安全で住みやすい。住民皆の防犯意識が高く、
この町で事件が起きるはずがない。
事件が起きるとしたら、それは外から入ってきたものの仕業だ・・・。

新たに入ってきた住人は、この町のルールに
従わなかったらいつの間にか排除される・・・。
住人たちは、町のルールに縛られるがそれが当たり前になってゆく。
そこに疑問をはさむ余地はなくなってしまう。

真崎はその町から少し離れた場所で民宿を営む
主人からその町の異様さを詳しく聞いた。

そして、新たな事件が起こってしまう!!

真崎が調べてゆくと、19年前の信じられない
そして、恐ろしい事実が明らかになる!

異常なまでの忖度、同調圧力、自己保身が
時を超えて事件を起こす!

今、日本で起こっていることはこういうことだと
思わずにはいられない。
リアルすぎる展開に絶句する。

『誰かがこの町で』
著者:佐野広実
出版社:講談社
価格:¥1,925(本体¥1,750+税)

秀逸なミステリアンソロジー「迷 まよう」

「迷」をテーマにした短編小説集
「迷 まよう」読了。
名だたる短編の名手たちによるミステリ作品の
アンソロジー集。

一人暮らしを始めた女性。ある時期から
夜明けに2階の部屋から洗濯機の稼働音が・・。
その音に悩まされる日々。
不動産屋に連絡するとそこは空き部屋だと
言われる!?
ホラーか?ミステリーか?意外な結末に唸ってしまった。
「未事故物件」近藤史恵

酔っぱらって他人の家に上がり込み、
なぜか用意されていた鍋と日本酒を
たらふく頂戴し、そこにあったお猪口
をちゃっかり持って帰ってしまった
サラリーマン。ところが2週間後
その家で殺人事件が!!
泥酔して飛んでしまった記憶が徐々に
甦るととんでもない真実が明らかに!
その過程がとても面白かった。
「迷い家」福田和代

両親が離婚することになり、どちらに
つくのか決断を迫られた、中学生の姉と
まだ幼い弟。弟思いの姉は、弟のために
メリットある方へついていこうと考える。
冷静に両親の動向を探ると、父親の
秘密を知ることになる・・・。
両親の離婚について普通なら悲しむところ、
しかし冷めた眼で両親を見る中学生の姉が
凄いと感心。でも本当はつらいんだろうな~。
「沈みかけの船より、愛をこめて」乙一

海外ツアーの女性一人旅。トイレに寄った
ところで、ツアーバスに置き去りにされて
しまう。そこへやてきた一台の車。拙い
英語で事情を説明。ところが出した財布を
盗られ、車から追い出された。ツアーに
おいつくまでの恐怖の時間を経験。
その後、女性がとった行動とは・・・?
これは読み終わった後とても清々しい
気持ちになった。「置き去り」松村比呂美

老女の導きで古い洋館にたどり着いた女性たち。
その中の一人はこの洋館の関係者だった。
明治から昭和の間にこの洋館で起こった事件。
その真相が今暴かれる!
短編でありながら読み応え十分のミステリ!
「迷い鏡」篠田真由美

人の迷惑にならないように生きる。
幼い頃からそう言われて育った女性。
結婚を機に運命の歯車が狂ってしまった。
幼い息子を事故で亡くし・・・
実家の父を看取り、母を亡くし・・・
そして、女性はある決心をする。
「人に迷惑をかけるな」という言葉
の呪縛。それは恐ろしい結末へ・・・。
「女の一生」新津きよみ

定年後、妻を喪ったことを機に蝶々収集
という趣味を持った男。
妻の介護のため早期退職した男。
二人は、珍しい蝶を探す過程で出会った。
しかし・・・。
二人の男たちの間には因縁めいた関係が
あった。二人を繋いだものとは!?
読み進む内に徐々に明らかになる。
この展開に震える!
「迷蝶」柴田よしき

新人賞を受賞した後、消息がつかめない
作家の問い合わせを受けた大御所作家。
なんと、覆面作家らしい。
気になったので調べていると、若い時に
仲の良かった旧友から、突然会いたいと
連絡が入った・・・・。
覆面作家の正体に心が揺れる、大御所
作家の苦悩。『覆面作家』大沢在昌

作家さんそれぞれの持ち味が生かされた
作品の数々に酔いしれる。

『アミの会(仮)迷 まよう』
著者:大沢在昌/乙一/近藤史恵/篠田真由美/柴田よしき/
新津きよみ/福田和代/松村比呂美
出版社:実業之日本社(文庫)
価格:¥836(本体¥760+税)

一部松江が舞台の企業サスペンス!「黒い紙」

三十年前に宍道湖に当時ロシアの最新鋭機
が不時着水した事件を調査するという、
堂場瞬一さんの企業サスペンス小説
「黒い紙」(角川文庫)を読みました。
本作の発表は2016年。
地元住民として松江の描写にワクワク~~~。

企業のリスクマネジメントを請け負う会社
「TCR」に勤務する、元捜査一課の刑事・
長須恭介。警官だった父の突然の死から
立ち直れずにいた。

そんな頃、「TCR」のクライアントである
大手総合商社・テイゲンに旧ソ連との不適切な
関係を指摘する脅迫状が届く。
現会長の糸山が、30年前旧ソ連のスパイ活動を
行ったというものだった。
警察には絶対に知られたくないテイゲンは、
事件解決を「TCR」に委ねる。

30年前、宍道湖に当時ロシアの最新鋭機
「Su-25MM」が不時着水した。
機体はボロボロ。搭乗していたパイロットは
アメリカに亡命した。

その詳しい調査をするために、長須は同僚の
元弁護士・境美和とともに松江に向かった。
そこで、ロシア人のパイロットが立ち寄った
とされる喫茶店を訪ねるが・・・。
あと少しで松江での調査に動きが出るというとき、
会社から呼び戻される。

最初の脅迫に続き、犯人からは、現金10億円
を要求する脅迫状が届いていた。

長須は、クライアントの利益と元刑事という
立場での正義の間で苦悩し葛藤する。

松江の描写は読んでいて、想像するのが
楽しかった。
蔦の這うカフェ、県庁近くの新聞社、
昔からある松江の有名な洋食屋・・・・
松江に住んでいれば「あ、あの店だ!」
とすぐにわかり思わず嬉しくなる。

巨大企業の闇・・・。
一人の人物に権力が集中すれば起こるべきこと。
そのために理不尽な人生を強いられた人たちの
苦しみ、悲しみ、くやしさが描きだされる。

そしてこの事件解決をきっかけに、長須が
一皮むけ一歩前に進もうとする姿も描かれ、
企業サスペンスでありながらも、登場人物の
人間ドラマに心を揺さぶられた。

『黒い紙』
著者:堂場瞬一
出版社:KADOKAWA
価格:¥880(本体¥800+税)